黒澤世莉のよく言うこと

いまなに
感じてる?

《登場人物》
黒澤世莉

旅する演出家

中谷弥生

聞くひと

いい感じ?悪い感じ?

中谷

世莉さん。

黒澤

世莉さんです。

中谷

世莉さんは稽古場で俳優に「いまなに感じてる?」って聞くことが多いですよね。
この「いまなに感じてる?」についてご説明していただけますでしょうか。

黒澤

はい。「『頭』は最寄り駅のコインロッカーに叩き込んできて」(※黒澤世莉のよく言うこと別記事参照)という話があったんですけど、俳優の三つの要素は「頭」と「からだ」と「感情」っていうものがあって、

サンフォード・マイズナー・テクニック

サンフォード・マイズナーさんというアメリカ人が考えた、演技のやり方のこと。マイズナーテクニックやマイズナーって訳されたりするよね。名前が演技のやり方になるのすごいね。「クロサワではさー」て言ってるのと一緒だもんね。さて話を戻すと、演技の先生で有名なスタニスラフスキーさんというロシア人がアメリカに来たときに、リー・ストラスバーグさんとかと一緒に学んだマイズナーさんは、そこで得た経験に基づいて、自分の演技のやり方を伝え始めたそうです。マイズナーさんは1997年に天国に旅立ちました。ご冥福をお祈りいたします。

の基本をやる時には「『頭』を置いてきて、からだと感情に焦点を当てましょう!」みたいなことを言うんですね。

中谷

ふむふむ。

黒澤

「いまなに感じてますか?」っていう質問をするときに「頭を使わないで答えてください」って添えて聞くんですよ。

中谷

ふむふむふむ。

黒澤

弥生ちゃん、いまなに感じてますか?

中谷

…寒い。

黒澤

寒いのはいい感じ?悪い感じ?

中谷

悪い感じ。

黒澤

悪いよねぇ…。みたいなことですね(笑)。

慣れてないと「いま自分は何感じてるんだろう?」ということを考えこんじゃうんです。でも今まさに感じているその感情があるとか情動があるっていうことは、あまり論理的に思考しても捉えられないんですよね。

なぜでしょう?

中谷

…えーーー、なぜでしょう……?……本、能…だから…?

黒澤

すごいおぼつかない感じで、いいね。ありがとうございます。

そうですね、例えば「寒い」っていうのって理屈じゃないじゃないですか。温度が18℃だから寒いとか、21℃だから寒い、みたいなそういうことっていうよりは体感ですよね。「わたしは寒く感じる」って。

中谷

はい。

黒澤

例えば弥生さんとAさんがいた時に、同じ気温でもAさんは半袖で、弥生さんは長袖のジャージを着ていると。Aさんは暑いなって思っていて、弥生ちゃんは寒いと思ってるってこともある訳ですよね。

ってことは、客観的な環境とか物理的な物があって何かを感じるじゃなくて、己の主観によって外的な環境が寒いとか暑いとかってことを判断する訳ですよね。

中谷

うん。

黒澤

それは理屈じゃないんですよ。その瞬間あなたは暑いから暑いとか、寒いから寒いってことですよね。

中谷

うん。

みかんのあとの牛乳は美味しい?

黒澤

もう一個ちょっと違う話を噛ませるとすれば、例えばカレーっておいしいじゃないですか。

中谷

そうですねえ。

黒澤

「おいしい」って、理屈じゃなくないですか?

中谷

……うーん…?…難しい、うーん…。

黒澤

もうちょっと言葉を重ねると、料理を作る時には論理が必要だけれども、それをスプーンで掬って口に入れて味わう時って、作り方を理屈で考えたりしないでしょ?

中谷

そうですねえ。

黒澤

舌が美味しいと感じる、みたいな。それってその瞬間じゃないですか。例えば給食を思い出してほしいんですけど、みかんが出るじゃないですか。

中谷

はい。

黒澤

みかん、弥生ちゃん好き?

中谷

好きです。

黒澤

牛乳は?

中谷

好きです。

黒澤

みかんの後に牛乳飲むのは?

中谷

あのー、期待された答えじゃなくて申し訳ないのですが、わたし個人的にはまったく問題ないですね。

黒澤

そうなんだ。美味しくないよあれ!!みかんの後の牛乳は!!!なんだよあの給食…

中谷

牛乳は牛乳じゃないですか。

黒澤

牛乳は俺も好きだけど、みかんの後に牛乳飲むとすごくまずいじゃんか!

中谷

うーん。でもそれも主観ですからね、自分がどう感じるかってこと…。

黒澤

っていうことですよね!!これは弥生ちゃんと僕とは違うことを感じていると。

言いたかったこととしては、モーメントによっても違うということですよね。普段は牛乳おいしいけど、みかん食べた後の牛乳は美味しくない、みたいなこともある。

僕たちが体感する事はその瞬間によっても違うし、人間によっても違うし、必ずしも同じことを同じ状況で感じるわけじゃない。18℃という気温に対して暑いと感じる人もいれば寒いって感じる人もいるし、みかんの後に牛乳を飲んでそれが美味しいと思う人もいればまずいって思う人もいると。

「いまなに感じてる?」っていうのは、そういう普段からだが感じていることがらに対して、より観察して敏感になっていってほしいから聞いているんだよね。

中谷

自分が何を感じるかを観察して、敏感になってほしいから聞いている。

それは理屈ではない

黒澤

うん。最初に言ったけどみんな頭で考えちゃうんですよね。「自分が何感じてるんだろう?」みたいなことを。

でも頭じゃないんだね、「暑い」とか「おいしい」とか「辛い」とか「悲しい」ということを感じているのは。

例えばさ、弥生さんがお仕事でオフィスで働いてます、と。それですごく頑張ってつくった資料を上司の人に見せて「できました!」って言った時に「なんか全然なってないからさぁ、ちょっと話になんない、やり直してこいよ!今日残業だよ!終わるまで帰るなよ!」って言われたらどんなことを感じますかね?

中谷

…無。もう思考停止で「無」。強いて言うなら「何も考えたくない」みたいな感じですかね…。

黒澤

それは感情で表そうとすると怒りとか悲しみとかのネガティブな感情で、少なくとも喜びとかじゃないですよね。例えば、その時相手が道理に適っていたら、としますよ。

弥生さんの仕事が確かになっていなくて、自分でもすごいやっつけ仕事だなって思ってるし、よくわかんないところをよくわかんないまま適当に誤魔化して出そうとした資料についてそれを言われたとしたら、論理的にはどっちかっていうと上司が合っているっていう場合もある。

でも上司が論理的に合っていようが合っていまいが、その時に弥生さんは悲しくなったり辛くなったりするわけですよ。

だから論理的な整合性とか立場的な正しさとかって関係ないんですよ、自分が何を感じているかっていうことに対しては。

もちろん論理的な正しさと同じように何かの感情を感じることもあると思うけど、そんなものは関係ないことの方がずっと多いと僕は思ってます。

中谷

なるほど。

思考すると、言葉は遅れる

黒澤

僕が20年ぐらいいろんな人に「いまなに感じてる?」って聞いてきた実感を共有すると、8割のひとは頭で考えてることを言おうとするんだよね。

「いま僕は、なんか、あの、外が暑かったから、そっから急いで入ってきたので…」みたいなことを説明しようとする。説明は思考なんです。

さっきもちょろっと話したけどその感じてる事ってモーメント、その瞬間のことなので、今は暑いかもしれないけど、次の瞬間は寒くなってるかもしれないし。今は楽しいけど、次の瞬間退屈してるかもしれないし。今は好きだけど、次の瞬間ちょっと「なんだこいつ!?」って思ってるかもしれないし。

そうやって移り変わっていくのが人間の感情だと思うんですよ。

でも説明を始めると、もうその時点で結構過去の事を喋ってしまっている。「今、この瞬間」のことをなかなか説明ってできないじゃないですか。「今、まさに!」みたいなことって必ず言葉が遅れちゃう。

自分を観察することで「いまなにを感じてるんだろう?」っていう質問へのリアクションを研ぎ澄ましていくと、自分のからだが感じることとか、自分のからだと密接に関わっている感情が今どういう色合いになっているかというようなことを、自分で自覚的に把握できるようになるんですよ。

中谷

そうすると、どういういいことがあるんでしょう?自分で自分の感じていることを意識的に自覚できるようになると…?

黒澤

それが使えるようになりますね、表現として。

中谷

自分で意識的にその瞬間の感情がわかるようになると、それを表現として使えるようになる。

黒澤

うん。

中谷

なるほど。

黒澤

もう一つあって、そもそも私達って社会的な着物を着てるような感じでいきてるんですよね、普段って。

中谷

ふむ。

黒澤

例えば「黒澤世莉」っていう着物とか、「中谷弥生」っていう着物とか。それは例えばちょっとお洒落してるとか、ちょっとつっけんどんとか、いろんなキャラクターとかでもあったりするんだけど。

何かを演じる時とか何かを表現する時って、そういう自分の持っている社会性みたいなものって一回脱いだ方がいいんだよね。なぜならば俳優は役を演じて他人になるから。

自分が何かになるんじゃなくて、自分よりもうちょっと本質的でフラットな「はだかの人間」みたいなものから他の役になった方が演じやすいんですよ。

重ね着みたいなものだと思えばいいと思うんですけど、スーツの上から水着着たらなんかぎゅうぎゅうするじゃないですか。だからそれよりは、素っ裸にはならないまでも下着ぐらいになってから水着を着たほうがいいよっていう、そういう話なんだけどさ。

だから今自分が何を感じてるかっていうのに敏感になるということは、自分がどんな楽器なのかを知っていくってことなんだよね。

中谷

自分がどんな楽器なのか。

黒澤

自分がどんな音が鳴る俳優(楽器)なのかってことを知っていくことがすごく大事で。それを知ることによってはじめて自分の個性が分かるから。その個性を知ることで、それをフラットにしていくこともできるし自分と役の距離を知ることにもつながりますよね。

中谷

その個性っていうのは、さっき世莉さんがおっしゃっていたその人の社会的な面というのとイコールですか?

黒澤

というよりは、社会的な面の土台になっている部分、削ぎ落とした先の残っちゃう核みたいなもんかなあ。

中谷

なるほど。いまなにを感じているかっていうことを敏感に感じ取ることによって自分の個性やスーツみたいなものを知ることが出来て、そうすると自分が今何を着ているのかが分かって着脱しやすくなって、新しい別の誰かという役を演じる時に、よりの役の方に近づけると。

黒澤

そうそう、それが「いまなに感じてる?」っていう質問がもたらす効用の一つですね。

観察して、客観的に

中谷

ふむふむ。一つ、ということは他にも効用が?

黒澤

もう一つが「こういうエネルギーはこういうからだの状態の時に表現できるんだな」ということがわかることですね。

「いまなに感じてる?」と聞かれて答える時の自分の状態を観察して「あ、怒ってるな」「怒ってる時って、こういう感じなんだ」ということが分かるようになる。

そうしたら演じる時に「怒ってる」っていうことを頭で考えてやるんじゃなくて”怒っているからだ”になって表現することによって、よりその怒りっていうものが鮮やかに表現できるになるっていうことだよね。

中谷

…うーん……なるほど。

黒澤

あれ、ピンとこない?

中谷

ええ、えぇ、(ピンと)来ています(笑)。

「いまなに感じてる?」って聞かれる時に、けっこう追い詰められるみたいな意識になることがあって…。

すみません、前ももしかしたら同じような話をしたかもしれないんですけれど、結構私はチキンなので。ほら「いまなに感じてる?」っていう質問を受けるときに急かされるじゃないですか。

「いまなに感じてる?」「いまなに感じてる??」「いまなに感じてる!!!?」

ってこう、急かされて、さすがに今はもうないですけど「いや、ちょっと今日、天気が悪かったのもあって…」とかって言い始めようものなら「ちがうちがう!!」「感情!感情を!!」「もっと短く言って!!」とかって、結構追いたてられるように聞かれることが多くて…圧迫面接かのような気持ちになりがちなんです(笑)。

うーんと…、そこすらも飛び越えて、なんかもうそうなっている状態すら「なんかヤダ!!」「うわああん!!!」とか言えたら、それがその時の感じてることになるんだなぁって、昔を思い出しながら今聞いていました(爆笑)。

黒澤

そう、ですね(苦笑)?「圧迫面接みたいでやだ!」みたいなことっていうのは、追い詰められて焦っているわけですよね?たぶんね。だから「焦る」とかそういう感情がペッって出てきたらとても素敵だなって思います。

あとそんなに”実存を脅かす圧迫面接”みたいなことはしていないと思うんですけど、僕は…(笑)。自分ではしていないと思っていますが、もし客観的に見てそうなっていたら猛省しますね…。

とはいえ、失敗したっていいんですよ!!その時に正解しようと思うから凄いプレッシャーがかかっていくような気がするので。

「いまなに感じてる?」って聞かれたときに「悲しいです!!」って答えたけど「いや、全然楽しかったわ!」「楽しいです!!」「楽しいっす!!!!」みたいなことでも別にいいと思うし(笑)。

その辺はもっと迂闊にどんどん失敗して「イエーイ!!」って感じでいけるといいんじゃないかなって思います!」

中谷

はい!ありがとうございました。

黒澤世莉(くろさわせり)

旅する演出家。2016年までの時間堂主宰。スタニスラフスキーとサンフォードマイズナーを学び、演出家、脚本家、ファシリテーターとして日本全国で活動。公共劇場や国際プロジェクトとの共同制作など外部演出・台本提供も多数あり。「俳優の魅力を活かすシンプルかつ奥深い演劇」を標榜し、俳優と観客の間に生まれ、瞬間瞬間移ろうものを濃密に描き出す。俳優指導者としても新国立劇場演劇研修所、円演劇研究所、ENBUゼミ、芸能事務所などで活動。

黒澤世莉

中谷弥生(なかたにやよい)

栄養にうるさい健康志向俳優。小学生からお爺さん役まで幅広いキャラクターを演じる。音楽劇、ミュージカル、ストレートプレイで活動。黒澤演出作品は『森の別の場所』『ゾーヤペーリツのアパート』などに出演。近年は経験を活かしコミュニケーションWS講師、歌唱指導も行う。やよラボ主宰。

中谷弥生