黒澤世莉のよく言うこと

手ぬぐいLOVE

《登場人物》
黒澤世莉

旅する演出家

中谷弥生

聞くひと

首に巻く人

中谷

世莉さん。その首に巻いているものは、あれですか。

黒澤

はい。例のあれですよ。

中谷

スカーフ…?

黒澤

はい。スカーフとみんな思ってらっしゃますけれども、実はこちら手ぬぐいですね。

中谷

手ぬぐい!

黒澤

はい。ジャパニーズ手ぬぐいです。

中谷

今日お召しになっていらっしゃるのは、それはなんの柄ですか?

黒澤

これは牛ですね。

中谷

あ、ほんとだ。よく見ると100頭ぐらいの牛がうごめいているデザインの、白と茶の手ぬぐいをスカーフのように首に巻いていらっしゃるわけですね。

黒澤

はい。

中谷

これ、首に巻いていらっしゃる時は何と言うか、大阪のおばちゃんのヒョウ柄のように見えていました。

黒澤

確かにそういう風にも見えるよね。

中谷

そういう感じの手ぬぐいを、世莉さんが今首に巻いているというのを想像してこちらのインタビューを読んで頂ければと思うんですけれども。

黒澤

写真を入れればいいんじゃないですか?

中谷

そうですね、あとで綺麗な写真を入れましょう!

巻き始めたきっかけ

中谷

世莉さんは日頃首になにかを巻いていらっしゃることが多いですが、実はそのほとんどが、スカーフではなく100%手ぬぐいということですか?

黒澤

さすがいいところに気が付きましたね。そうなんですよ、全部手ぬぐいなんですね。常に手ぬぐいを首に巻いています。

中谷

なるほど。世莉さんはものすごく、何かを「首に巻いてる」イメージが強いんです。

世莉さんをキャラクターとしてアイコン化するならば、「髭・眼鏡・手ぬぐい」というこの3点セットで表せるなと思うんです。

これ、実際の世莉さんの事をご存知の方は皆さん「ああ!」と膝を打たれるかと思うんですけれど。

黒澤

ええ、ええ。

中谷

その世莉さんのトレードマークである手ぬぐいを首に巻き始めたのはいつ頃なんですか?

黒澤

それが覚えていないんですよね、20年ぐらい前には巻いていた気がするんですが…。

中谷

20年前、ということは世莉さんも20代そこそこですね?

黒澤

そうです。オーストラリアへ行った時にはまだ首に何も巻いていなかったと思うから、オーストラリアから日本へ帰ってきたぐらいの時期じゃないかなと思います。

中谷

それは、オーストラリアへ行ったことで逆に日本の良さを知ったから、「日本の手ぬぐいを巻くぜ!」という気持ちになったんですか?

黒澤

いや、そんなことはないけど…(笑)。

ちなみにオーストラリアへ行ってみて、日本文化的に恥ずかしいなと思ったのは自分の箸の持ち方が下手だったことです。

オーストラリア人の方が自分よりも箸の使い方がうまいのを見た時に「これはいかん」と思って、ちゃんとお箸を使えるようになろうと思いました。

とはいえ未だに下手なんですけどね、すごい反省をしました日本人として。

中谷

外国の文化に触れるとそういうことがありますよね。日本文化について日本人の方がよく知らなかったりとか。

黒澤

割と日本文化に対して詳しくないというコンプレックスがあるんですよね。

中谷

と、言いますと?

黒澤

演劇でも、どちらかと言うと

サンフォード・マイズナー・テクニック

サンフォード・マイズナーさんというアメリカ人が考えた、演技のやり方のこと。マイズナーテクニックやマイズナーって訳されたりするよね。名前が演技のやり方になるのすごいね。「クロサワではさー」て言ってるのと一緒だもんね。さて話を戻すと、演技の先生で有名なスタニスラフスキーさんというロシア人がアメリカに来たときに、リー・ストラスバーグさんとかと一緒に学んだマイズナーさんは、そこで得た経験に基づいて、自分の演技のやり方を伝え始めたそうです。マイズナーさんは1997年に天国に旅立ちました。ご冥福をお祈りいたします。

を勉強していたり、扱う戯曲も海外の方が多くて、あまり日本の昔の戯曲を知らないということがあったりします。

あるいは日本の伝統芸能について、たとえば能・狂言・歌舞伎に対してあまり詳しくないという引け目があります。

そういうことがあって、ちょっと自分の身近なところに日本文化を感じられるものを置いておきたいという気持ちもあって手ぬぐいを選んだ、というような記憶をいまこうして話しながら思い出しましたよ!

中谷

日本文化に対するコンプレックスは、オーストラリアへ行ったことで生まれたということですか?

黒澤

たしかにオーストラリアへ行ってみたことで、かなりそれがはっきりしたと思いますよ。外国人に対して日本を説明することができないということはあまりよくないなと思いました。

「日本人だったら当然歌舞伎知ってるんだろう?」というノリで海外の人達は接してきますから、こちらがそんなに詳しくなくてうまく説明できなかったりするときに「私はきちんと日本の伝統について知っておいた方がいいんだろうな」と思いました。

中谷

なるほど。今だったら海外の人と出会った時に「Hey,you! 首に巻いているのは何だい?」と尋ねられたとしても、「Ah,you! いいところに気付いたね、これは手ぬぐいと言って日本の伝統的なファブリックなんだぜ…」というような話ができるということですね。

黒澤

そんな機会これまでに一回もなかったけどね!(笑) そんな四コマ漫画みたいなことはないですし、手ぬぐいを巻いているから日本文化に対して造詣が深くなるということはないと思うんですけれども。

中谷

もちろん、もちろん(笑)。

手ぬぐい、数え切れないほどの

黒澤

でも自分の身近に何か日本の文化を感じられるような物を置いておくということはちょっとずつやりたいなと思っていて。本当だったら僕は着物を着て歩けるような男性に憧れるわけですよ。

中谷

いいじゃないですか、素敵!

黒澤

例えば日舞なんかを習ってですね、日頃から着物を着慣れて「暑さも和らいできたことだし今日は着流しで歩くか!」みたいなことができたらいいなと思うんです。

けれどもやはり日常って強いですから、なかなかそこまで手を伸ばせないわけですよね。いくら自分の学びといえども着付けとなるとこれはなかなか大変ですから。

そう考えると、スカーフ代わりに手ぬぐいを巻くということは結構自分でも簡単にできる「身近に日本文化を感じること」だなぁと思っています。

中谷

なるほど。ちなみに世莉さんは何枚ぐらい手ぬぐいをお持ちなんですか?

黒澤

何枚ぐらいなんだろうな。いろんな人が僕に手ぬぐいをくれるんですよ。

中谷

カレーと同じ現象ですね!「世莉さんといえばカレー」「世莉さんといえば手ぬぐい」みたいな感じで何かと皆さんプレゼントをしてくださる訳ですね。

黒澤

そうなんです、ありがたいんです。そうやって日々手ぬぐいが増えていき、あとよく買うのは遠くへ行った時ですね。

中谷

旅行先で?

黒澤

そうそうそう。あとは美術館へ行った時に、例えば葛飾北斎展に行ったら葛飾北斎柄の手ぬぐいみたいなものが売っていて、そういう時に買うことが多いですね。

たとえば、今パッと出てくるものだとこういうのとか。

(と、手ぬぐいを広げる。)

中谷

これは、文字が書いてありますね。

黒澤

「燕山荘」と書いてあるのが見えるかな?

中谷

ツバメの山の山荘という字ですね。

(参考画像 写真左上の手拭い)

黒澤

そうそう。これは燕岳(つばくろだけ)という、北アルプスの山に登った時の山小屋で買ったものです。

中谷

おおー。

黒澤

だからこれは、2700メートルぐらい山を登らないと買えないものです。

中谷

そういう特別感もいいですよね!昔よりも最近の方がスーベニアとして手ぬぐいを置いてあるお店が増えましたよね。

黒澤

そう思いますよ。

中谷

100円均一とかでも、夏場簡単に買えるようになりましたからね。流行っているというか、以前よりも手軽なものになった感じがします。

黒澤

最近ハンカチ代わりに手ぬぐいを使う人も多いですしね。

(と、別の手ぬぐいを広げる。)

中谷

あ、それも素敵ですね!

黒澤

これは加茂水族館という、山形県にあるクラゲが有名な水族館で買ったものです。

中谷

すごくキレイ〜!これはですね、紺地に透明感があるクラゲが染め抜かれています。

黒澤

手ぬぐいにはプリントと注染という二つの種類があって、プリントというのは本当にパソコンからA4用紙に台本を刷るのと同じような感じで、表面にただプリントするというイメージなんですけれども。

注染というのは手ぬぐいを何十枚も重ねたところに、そこに染物として染料を注いで染み込ませるんです。そうすると裏も表も同じ柄になるんですよね。

(※ちなみに↑リンク先のにじゆらさんは黒澤世莉の一推し手ぬぐいブランド。中崎町(大阪)のお店がおすすめ)

(と、手ぬぐいを裏返す。)

中谷

なるほど、本当だ、裏から見ても表から見ても同じ柄になっていますね。染め抜いてあると、文字の部分でわかりやすいですね。

これが百円均一に売っているようなプリントのものだと裏から見ると真っ白になっていたり、あるいは別の柄が印刷されたりするという訳ですね。

黒澤

そうですね。やっぱり注染の方が柄が美しいので、なるべく注染のものを選んで買うようにしています。

観光地へ行った時によく見ないでプリントの手ぬぐいを買ってしまうと、ちょっとがっかりしてしまいます。

中谷

少し注意して見ないと、畳まれて並んでいることも多いので分からなかったりしますよね。

世莉さんはかつて時間堂時代にも劇団のグッズとしても手ぬぐいを販売されていらっしゃいましたが、あれはこだわりの注染で作られたものだったんですか?

黒澤

当時はそこまで詳しいことを分かっていなくて、予算的にも注染の方がやはり高いということもありまして、たしかプリントで作ったものだったと思います。

中谷

このインタビューをお読みになっている方の中に時間堂の手ぬぐいお持ちの方がいらっしゃいましたら、実際に広げて見ていただくとよくわかるのかなと思います。

巻くと役に立つ!

中谷

世莉さんは今後も手ぬぐいを使い続けることになると思うんですけれど、手ぬぐいの特にいいところはなんですか?

黒澤

手ぬぐいは便利なんですよ。なにが便利かというと、例えば僕は冷房に弱いんですけれども、手ぬぐいを巻いているだけでもちょっと首周りの冷えが治るんですよね。

逆に暑かったら汗を吸ってくれるし、暑くても寒くても手ぬぐいを首に巻いているだけでいろんなことが健康に良くなります。やっぱり健康のためにも手ぬぐいは外さないんじゃないかなと思います。

中谷

あらゆる「首」と名のつく場所(手首・足首・首まわり)を温かく保つためになにかを巻いておくと風邪を引かない、なんてことも言われますけれどもそれを実践されていらっしゃるということですね!

黒澤

そうですね。急にナイフで切りつけられたりしても止血することができますし、便利だと思いますよ!

中谷

とっても便利ですね。

黒澤

皆さんも手ぬぐいを首に巻いて生活することを是非お勧め致します。

中谷

これまで日本文化に造詣が深くないことが少しコンプレックスである、ということを先ほどおっしゃっていました。こうして手ぬぐいを20年間愛用し続けてこられて、ご自身の中での変化や、手ぬぐいを通じて見えてきたものというのはありますか?

黒澤

手ぬぐいそのものが、やはり最近の方が20年前よりも使う人が増えた気がしますよね。手ぬぐいを特集した本なんかもたくさん出版されていたりもしますし。

湯たんぽとかもそうだと思うんですけれども、古いもので30〜40年前に一旦廃れたけれど、実はいいものなんじゃないかということで見直されてきているものがあると思うんです。

たとえば先日漆のお椀を買ったんですよ。お味噌汁なんかをよそうための。

2年ぐらいずっと探していて、ついに漆のお店に行って先日購入したんですけれども、そんなに高価なものではないんですけど漆の器ってお店で買うと「漆がはげたら直すよ!」ということを買った時に言ってくれたりするんです。「大して高いものでもないのに、いつでもメンテナンスもしてくれるの!?」という感激があったりもして。

僕自身あまり詳しくは知らないけれども、昔から日本にあって今忘れられてしまっているものというのがたくさんありますから、そういうものの素敵さを自分の生活の中に取り入れると、生活自体もちょっと豊かになるんじゃないかなと思います。

日々お味噌汁を飲む時に「この器は漆だぜ!」と思うだけでもちょっと楽しいので(笑)。

手ぬぐいに限らず日本の良いものってそんなにお金をかけなくても手に入るものですし。手ぬぐいなんて1000円くらいで手に入りますから。そういうもので、自分の生活をちょっと楽しくするのは良いことかなと思います。

手ぬぐいで、温故知新

中谷

ちなみになんですが、昨年コロナウイルスが蔓延した影響でオンラインの積極活用が世間的にも演劇界的にも広まったかと思うんです。

その中で世莉さんは『現代日本戯曲大系』という戯曲集の勉強会へ参加されていらっしゃいますよね。

先ほどお話の中に、元々世莉さんご自身が過去、海外の作家の作品ばかり選んできたという事があったとおっしゃってましたけれど。近年、このように自国の文化や作品へ目を向けるようになったきっかけというのも、首に巻き続けた手ぬぐいの影響が強くあるんでしょうか?

黒澤

日々手ぬぐいを巻いているからこそ、日本文化への興味関心が増した……あるかいそんなこと!(笑)

中谷

(笑)

黒澤

でもその根っこは一緒だと思いますよ。日本の伝統的なこと昔のことを知らないから積極的に摂取していかなければならないかなと思う、というところは間違いがないです。けれども手ぬぐいがきっかけではないです。

中谷

どうですか、1年ちょっとそうした勉強会に取り組んで来られて変化はありますか?

これまでご自身で戯曲を書かれたり海外の作品を使うことが多かった中で、日本の戯曲を読んでみた影響といいますか。

こちらのウエブサイトの世莉さんのプロフィールの欄にも「死ぬまでにやりたい戯曲リスト」というのがありまして、その中には日本の作品が多いかなという風にお見受けしましたけれど。

黒澤

温故知新と言うとちょっと簡単ですけれども、さっきお話ししたみたいに「いまは忘れられている」というか、単に僕が不勉強で知らなかった素晴らしい戯曲というのがもちろん日本にも沢山あるんですよね。

手ぬぐいとか漆のお椀とかもそうかもしれませんけれども、使ってみると「いいな!」と思うものでも、いまはなかなか触れる機会がないものを、戯曲に関しては上演の機会を通じて皆さんにちょっとずつ提供できたらいいなと思います。

ちょっと無理やりこじつけてる感じがあるかもしれないなとは思いましたけれども(笑)。

中谷

こじつけだなと思うか、素敵な視点だなという風に思っていただけるか、読んでくださっているみなさん次第ですね(笑)。

こちらの「黒澤世莉のよく言うこと」を読んでくださったご感想・ご意見などがあれば、ぜひ伺ってみたいですね。

黒澤

こちらのオフィシャルサイトのお問い合わせフォームに頂けたらいいかなと思います!

中谷

他のSNSのツールを使って世莉さんや私にリプライをいただくのも嬉しいですね。

黒澤

ということで、今日もありがとうございました。

黒澤世莉(くろさわせり)

旅する演出家。2016年までの時間堂主宰。スタニスラフスキーとサンフォードマイズナーを学び、演出家、脚本家、ファシリテーターとして日本全国で活動。公共劇場や国際プロジェクトとの共同制作など外部演出・台本提供も多数あり。「俳優の魅力を活かすシンプルかつ奥深い演劇」を標榜し、俳優と観客の間に生まれ、瞬間瞬間移ろうものを濃密に描き出す。俳優指導者としても新国立劇場演劇研修所、円演劇研究所、ENBUゼミ、芸能事務所などで活動。

黒澤世莉

中谷弥生(なかたにやよい)

栄養にうるさい健康志向俳優。小学生からお爺さん役まで幅広いキャラクターを演じる。音楽劇、ミュージカル、ストレートプレイで活動。黒澤演出作品は『森の別の場所』『ゾーヤペーリツのアパート』などに出演。近年は経験を活かしコミュニケーションWS講師、歌唱指導も行う。やよラボ主宰。

中谷弥生