黒澤世莉のよく言うこと

不寛容との戦い

《登場人物》
黒澤世莉

旅する演出家

松本一歩

聞くひと

人権ってなぁに?

松本

「ワンダーランド」という劇評サイトがあり、その中に、かつて世莉さんが執筆された『ローザ』という作品についてのエッセイが掲載されています。

ここで世莉さんは「自身の創作の根源を突き詰めると他者との間にある不寛容とのたたかいだ」という言葉を残していらっしゃいました。この言葉について、もう少し詳しく教えてください!

黒澤

もちろんです!ところで一歩さんは「人権」についてどう思いますか?

松本

「人権」は…「人権」や「自由」は基礎ですよね、市民社会の。

黒澤

そうですよね。日本国憲法でも保障されていて、私たちの人権は守られなければならない、と憲法に書かれていますよね。最近、某政府与党では非常に人権を軽視するような発言がありまして「あぁ憲法違反じゃないかしらね…」と思いながら見ているんですけど。

現在(インタビュー時)は2021年5月24日ですけど「LGBTQの人は生物学的におかしい」というような内容の言質があり、非常によろしくないなと、僕は個人的に感じています。では一歩さん、あなたは「差別主義」と「人権の尊重」はどちらが自然だと思いますか?

松本

…自然…と言われると「差別主義」の方でしょうか…?

黒澤

ちょっと意地悪な質問でごめんね。人権も差別主義も、物理的な物ではないじゃない。私たちは思考ができる動物なので、思考して、その思考を他者と共有して、そういう概念というものを形づくって「神様がいるね!」とか「人権という概念があるね!」といったことを共有しているわけだけれども。

松本

はい。

黒澤

これって、突き詰めていくとファンタジーなんですよね。別にさわれないし、見えないし、地球上に(物質として)存在していない、物理的にその存在を証明できるものではない。

Is 人権 Fantasy?

黒澤

なぜこんな話をしているかというと。僕らはホモ・サピエンスという生物種なんですけど、自分たちが地球上で、アウストラロピテクスとかネアンデルタール人とかいた中で生き残っている理由は「群れを組んで情報を共有するのが上手だったから」と言われています。これをすると何が起きるかというと、大人数でコラボレーションして動ける・大きな群れを維持して力を発揮できる。

例えばわれわれ人間よりマンモスの方が断然大きいんだけど、群れを組むことによってそのマンモスをバンバン狩れる。ホモ・サピエンスが生まれてから大型哺乳類がガンガン死ぬ、みたいな。たくさん絶滅させてきた、みたいな歴史があるんですけど。

これって、ホモ・サピエンス同士でも起こっていて。他の部族を絶滅させる・その土地や何かを奪う、みたいなことをね。自分たちの部族が生き残るためには他の部族を皆殺しにして豊かな土地をゲット、みたいなことがたくさん起こっていて。

松本

他の生き物や、自分たち自身をも滅ぼしてしまう。

黒澤

おそらく、本能の赴くまま動いていると、人間ってめちゃくちゃ不寛容なんだろうなと思っていて。「自分たち」と「自分たちではないもの」とを分けて、分けた方に対して「なんなんだあいつら!」って気持ちになってしまうことは、結構自然なことなんだと思うんですよね、人間としては。
これ、困るじゃん(笑)どうしたらいいですか?一歩さん!

松本

ええっ!!困ります、困りますね…。自分たちと異なる考え方の人たちをなかなか認められないというのは…、どういうことなんでしょう?「同じ人間だ」ということを想像できていない、ということなのでしょうか?

黒澤

うん。冒頭で人権の話をましたが、多分、かの発言を支持する人っていっぱいいると思うんですよ。たとえ差別的だと分かっていても、自分たちと違う人がいたら「違う人っておかしいよね」という意見に賛同するする人はいっぱいいると思う。これは良い・悪いの話ではなくて、そういう風に考える人が現実にいるのだ、という前提で…。

松本

はい。

黒澤

「人権はとても大事で尊重した方が良い」と思っている人たちからすると、これは受け入れられないと思うんですよ。もちろん差別されてしまう当事者の人たちも。

僕は、人権は大事だし全ての人が等しく平等に権利を持っていないとダメだと思っていて。だって自分に置き換えてみたら、「おまえ日本人だからこの国から出て行け!」とか「男は入学試験の点数から20点引かれます」って言われたらすごく悲しいから、そうじゃない世界の方が良いって思うんですよ。

思うんだけど、そう思っていない人たちもいっぱいいるんですよね。思っていない人たちも同じくらい「自分たちが正しい」と思っている。

松本

お互いの正しさと正しさとで対立してしまう、と。

「信仰」VS「信仰」

黒澤

信仰のこともそう、科学のこともそう。思想の対立の中では「科学的」であるかそうかはあまり意味がなくて。

つまり、科学的に正しいことも「まだダメだということが証明されていないだけ」って言われるともう「そう…だね(いろんな人たちが論文を書いて査読しているけどなぁ)」ということになってしまう。ということは、結局そこまでいくと科学ではなく「信仰」のようなもので、自分は何を信じるか、ということになってくるんですよ。
…大変だよね。

松本

…大変、ですね。人間の内面のコアに近い思想信条や信仰といった部分で他の人と折り合いをつけていくこと、は、単純にむずかしい、ということですよね。それは理性的なものというよりは、むしろ本能的にぶつかるものだから?

黒澤

そうですね。進化するしかないと思います、人間が(笑)。必ずしもわかりあう必要はなくて、違う主義主張を持っている人間同士が「絶滅させ合わない」ということが大事かと思っています。

「もう全然考え方違うね」という時に、全然考え方は違うけれどその人たちは存在している、という風に思えるか。お互いの存在を承認することが、対話の第一歩かなと思っています。これは双方向に行われないといけないので、少なくとも、どちらか片方が相手に対するリスペクトを欠いた状態だと、この考えは生まれないんですよね。

松本

相手への敬意、ですね。

黒澤

どれだけ主義主張が違っていたとしても、相手が言っていることに対して「バカじゃねーの、もう終わってるわ」みたいなことにしない。「全然科学的におかしいよ」とか言い始めてしまうと、そこでもう対話が終わっちゃうので(笑)。

なので「お互いの存在を毀損しない」というところを出発点にしよう!というのがいま僕が考えられる一番よさげなスタート地点かなあ。

松本

なるほど…。

黒澤

やーでもこれを人類に伝えるのはかなりハードワークですよね。でも、僕は(自分が作る)あらゆる作品が「不寛容じゃなくて、お互いに認め合おうよ!」ってなっていくんだろうな、と。そして「人間は分かり合える」みたいな、「ニュータイプになろう!」ってガンダムのようなオチに、最終的にはなっていっちゃうんだろうなと、思っているんですよね。

え、松本さん、私の言ってることわかりますか?

松本

エヴァンゲリオンの人類補完計画みたいなことですか?

黒澤

ちょっとわかんない。

自由とは思想を異にする者のための自由である

松本

…えーと、この「不寛容とのたたかい」という言葉の元ネタは、世莉さんの書いた『ローザ』という戯曲にありますよね。主人公である実在の革命家、ローザ・ルクセンブルクの言葉「自由とはつねに、思想を異にする者のための自由である」。

本来そのようにして、全く異なる意見を持った人同士が異なる意見を持ったまま、お互いにお互いの存在を許容できる社会ー寛容な社会ーが、人間としても成熟した社会なのだと思いますが、なかなか人類はそこへたどり着けない…ということでしょうか?

黒澤

そうね。なので、そういうことを作品でやっていきたいな、と思っています。

最後に話がズレますけど。僕は子供の頃「普通」がわからなくて。自分は「普通」な気もするし「普通」じゃやない気もするし、普通ってなんだろう?と、「普通」がなんなのかよくわからなかった。「普通」の概念って乱暴だし暴力だよな、と今となっては思うんだけど。

松本

「普通」ですか。

黒澤

とにかく僕は、ずっと「普通」というものに対して違和感があるのね。

また少し話が飛んじゃうかもしれないんだけど。上から目線で話されても、絶対話聞かないと思うんですよ。「おまえは間違ってる!!」って上から言われても「そうか自分は間違っていたのか、じゃあ考えを変えるね」って、ならないと思うんですよ僕は。

松本

たしかにそうですね。

黒澤

だから、目線を合わせるというか。不寛容とのたたかいって、もっと単純に「その人と同じところで話す」ということ、なんじゃないかと。
これから自分は、これ(目線を合わせる)をやって行こう!と、思っています。

黒澤世莉(くろさわせり)

旅する演出家。2016年までの時間堂主宰。スタニスラフスキーとサンフォードマイズナーを学び、演出家、脚本家、ファシリテーターとして日本全国で活動。公共劇場や国際プロジェクトとの共同制作など外部演出・台本提供も多数あり。「俳優の魅力を活かすシンプルかつ奥深い演劇」を標榜し、俳優と観客の間に生まれ、瞬間瞬間移ろうものを濃密に描き出す。俳優指導者としても新国立劇場演劇研修所、円演劇研究所、ENBUゼミ、芸能事務所などで活動。

黒澤世莉

松本一歩(まつもとかずほ)

たたかう広背筋。時間堂最晩年の『ゾーヤ・ペーリツのアパート』(2016年)で制作助手、解散公演『ローザ』(2016年)にて時間堂劇団員ロングインタビューを務める。俳優、演出、劇団主宰(平泳ぎ本店/HiraoyogiCo.)。

松本一歩