演劇デート計画
2036
旅する演出家
聞くひと
わたしが還暦を迎える年に
中谷
世莉さんが過去に受けてこられたインタビューの記事を、最近、何度か読み返す機会があったんですけど。
黒澤
はい。
中谷
何かね、演劇デート計画?2000何年っていう…、2000何年でしたっけ…?
なんだかそうしたものがいくつか記事としてあったから「なにこれ?」って思いながら読んでいたことがあるんです。本当に何本かそうしたことを仰っているインタビューがあったんですよ。こちら、まず正確には2000何年ですか?
黒澤
えっと、2036(にーまるさんろく)ですね。
中谷
にーまるさんろく、というのは2036年という訳ではなく?
黒澤
2036年ですよ。
中谷
そうなんですね!
黒澤
2036っつって2036年じゃなかったらどういう意味なんだって、なっちゃいますから…。
中谷
わかんないですよ、何かの人数かもしれないから…!
黒澤
演劇デート計画2036人ね、なるほど。
中谷
では演劇計画2036っていうのはどういったことなのか、ちょっと教えて頂いていいですか?
黒澤
はい。僕1976年生まれなんですよ。
中谷
はい。
黒澤
2036年には60歳なんですよね。
中谷
おめでとうございます。
黒澤
ありがとうございます(?)。
それで2036年というのは15年後ですよね。それで演劇デート計画2036ということを私がよく言っていたのは、時期としては今から15年くらい前だと思うんですよね。
中谷
たしかに、ちょっと古い記事だったかもしれません。
黒澤
そう、たぶん震災前ぐらいに言ってたことが多かったと思うんだけど。
虚空につぶやくと宝塚のチケットが現れる
黒澤
弥生さんの周りには、自分では演劇をやっていなくて演劇を観る人ってさ、どれぐらいいらっしゃいます?
中谷
私の友達が、私の舞台を観に来てくれるということはもちろんありますが、まったく外のコミュニティで出会って「演劇観るのが好きなんです」っていう人は、体感ですけど20人に1人ぐらいかなって思います。
それはバレエであったりもしくは宝塚であったり、ミュージカルであったり。音楽鑑賞はちょっと含まないとして、そんな感じですかね。
私自身女性なので、ちょっと歩けば宝塚ファンに当たる感じ、というのは女性の中では体感としてありますね。
黒澤
はい。話は全然逸れるんですけど、宝塚版のCITYHUNTER※(雪組公演 今夏初演)があるんですけども。
※https://kageki.hankyu.co.jp/revue/2021/cityhunter/index.html
「宝塚の『CITYHUNTER』観に行きたいです!でもどうやってチケットを取ったらいいのかわかりません!」っていうことを、とある内輪の掲示板で言っている人がいて。それに対するレスがとても素敵だなあって思って。
「まず『宝塚が観たいな』って虚空につぶやきます。そうすると、どこからともなくチケットが出てきます。」って書いてあって(笑)。
うわぁ、ヅカオタやべえなって思ったんですよね。虚空に向かって呟くとチケットが出てくる仕組みなんですよ。こんな神秘あります?って。
中谷
素晴らしいですね。
黒澤
素晴らしいんですよ。
デートは劇場で
黒澤
話を戻すとですね、演劇を観に来る人が弥生さんの身の回りの20人のうちの1人ぐらいだとすると5%ですか。
5%だとちょっと僕は体感として多いかなって思って、たとえば40人学級だとしたら1人いるかいないかかなって思うんですよね。
それを80人に1人と換算すると、おおよそ1%くらいかなと。やはり演劇を観に行く人というのが全体の1%だと、ちょっとこれからの演劇もなかなか盛り上がらないよねっていう風に思ってるわけですよ。
だからざっくり言うと、そこら辺にいる中学生がはじめてデートに行きますという時に、「デートどこ行く?」「演劇観に行こうよ!」って言って、お芝居を気軽に観に行けるような世界を達成するっていうのが演劇デート計画2036です。
中谷
なるほど。中学生の初デートの選択肢の中に演劇っていうものが出てくる世界をつくる。中学生に限らなくてもいいかもしれないけど、中学生がそうするっていうことはつまりその子たちのご両親にもそういう文化が根付いているっていうことでもありますもんね。
黒澤
そうですね。だから単純に映画を観に行くとか、野球を観に行くとかJリーグを観に行くとか、どこかへ出かけると言うことですよね。
今はコロナ禍なので言いにくいですけど、デートに行くってことはどこかしらへ”go out”するわけじゃないですか。
ってことは目的地が必要ですよね。
その目的地として演劇を選ぶっていうのが、今の世の中だと大分コアな人か演劇部か、という状況になってしまっているので、普通のクラスメイトがそういう風に演劇を選んでくれるようになってるといいんじゃない?っていうことを目標としてたって感じですね。
中谷
この言葉について、ちょっと古いインタビューでよく口にされていたと、先ほども世莉さん自身仰っていましたけれども、たとえば震災前にちょこちょここうした話をしていたということであれば、そこから10年ちょっと経っていると思うんです。
どうでしょう、ご自身がその間ずっと演劇に携わっていらっしゃって、演劇の人口自体は増えてると思ってらっしゃいますか?
黒澤
ちゃんと数字を出さないと、あまり感覚だけで話すのも良くないかもなって思っていますが、演劇を志す人自体は減ってるんじゃないかなって思っています。
それは単純な話でいうと、いろんな劇団の演劇研修所とかの受験者数とかも増えてないんですよね。むしろちょっと減っていると。
そういうことの原因としては、そもそも子供の人口が減っているわけですよ。
中谷
たしかに!
黒澤
だから演劇をやる人っていうのは減ってると思います。かつ、経済的にも15年前より今の方がたぶん厳しいので。
例えばアルバイトをしながら好きなことをやるっていう生活態度は80年代90年代のほうが取りやすかったんじゃないかなっていう気はします。もちろん今の方が副業とかも当たり前になってるからやりやすくなった面もあるかもしれませんけれども…。
中谷
演劇を目指す人の数自体は若干減っているのではないかということですが、観る人、自分が演劇をやるのではなくてそのデートの選択肢に演劇が出てくるような、気軽に演劇を観に足を運んでくれる人の人口は、こちらも具体的な数字は採ってはいないと思うんですけれども、この10年~20年ぐらいの間で増えたと思いますか?
黒澤
ぴあ総研の調査で「演劇業界の売上高」っていうのがあるんですね、ライブエンターテイメント業界の売上高※という。
※https://corporate.pia.jp/csr/pia-soken/#news
その数字自体は、2019年まではずっと右肩上がりだったんですよね。これは2.5次元演劇が主な原因だと思うんですけど、松竹とか宝塚とかも含めて商業演劇のお客さんていうのは着々と増えてるんだと思いますよ。
ただそれが他のジャンルの演劇、たとえば新劇とか小劇場とかそういうところの観客動員に繋がってるのかっていうと、必ずしもそうはなってないということはあるかなと思います。
中谷
へぇぇ。(演劇業界のお客さんが着々と増えているのは)団塊の世代が定年に差し掛かった後というのが一個大きな要因かもしれないですね。商業演劇を観に行けるような時間的にも金銭的にも余裕のある人が増えたということなんでしょうか?
黒澤
どっちかというと若い層が多いんだと思いますよ。”推し”を観に行くっていう層がある程度市場をけん引しているんだとは思います。
元々宝塚とかは太いヅカオタの皆様が支えていらっしゃるので、そういうところはまたちょっと話が違うと思いますけど。
昔は良かった、らしい
中谷
ではこれからちょうどあと15年ぐらい2036年までにはありますけれども、世莉さんが60歳になるまでに今後どのようにしたら演劇を観る人口、特に小劇場を気軽に観に来てくれる人口が増えると思っていますか?
黒澤
……難しい質問だね(笑)。今まで優秀な先輩方が取り組んできたものの、なかなか解決できていない問いです。
弥生さんが大きくなる少し前にバブル世代っていうのがいまして。
中谷
らしいですねぇ(笑)。
黒澤
景気が良かった頃に最後の小劇場ブームがあって。
そこでは夢の遊眠社や第三舞台という劇団がものすごい数のお客さんを動員して、代々木体育館を満員にしたりしていたという物語がありまして。
じゃあそれが文化として根付いたのかっていうとあんまりそういうことにはなっていないよね、と。
それよりも前の時代、戦争が終わって高度経済成長が始まるぞってころ、演劇っていうものが今よりももう少しもてはやされてる時代、演劇をやっていることがクールとみなされていたこともあったと思うし、そうしたムーブメントもあったけれども、それらのほとんどが一過性で終わってしまって、文化として根付くことがなかった。
そのことの問題って色々あるとは思うんだけど…。
優秀な先輩たちが、日本社会に現代演劇を根付かせるってことに悪戦苦闘してきましたよと。ここで諦めるのは簡単だけど、もうちょっと粘って次の世代が演劇活動しやすい環境は作りたいよね、個人的には。
だから、やる気のある人はいっしょに考えていってほしいです。
たぶんですけど、そのためにもうちょっと泥臭くーその泥臭くっていうのも曖昧な言い方ですがー10年ぐらい商店街の中に入っていかないといけないんじゃないかな、みたいな感じですかね。
商店街に住む
黒澤
演劇って意外といいもんだね、て街の人に思ってもらうためにはどうしたらいいんだろうね。演劇に関心がない方にそう思ってもらうことはすごく困難だと思う。
相手に理解してもらうというすごく困難な取組を続けるって事の成否は、おそらくこっちが相手のことをいかに理解しようとするかっていう努力にかかってくると思うんですよ。その努力なしに演劇だけ分かってもらおうっていうのは無理じゃないですかね、はい。
だから演劇をやる側の人がもっと演劇をやってない人たちのことを理解する必要があるし、その人たちの立場とか姿勢とか考えとか常識とかっていうことに入っていく。そしてそこに密接にいることからしか始まらないんじゃないかなっていう風には思っていて。
演劇をやっていない一般の人に対して、どういうアプローチが必要だろうかというようなことを考えて街に出て行った人とかテントを抱えて世界中を旅した先輩たちもいます。そういう試み自体が今までなかったっていうことでもないんだけれども、それでもまだ根付いているとはいいがたい。
だから僕たちはさらに考えていかなければいけない。それが今僕がたまたま考えられたのは商店街だったので商店街と言いましたけど、別にそれは学校でもいいしどっか他のコミュニティでもいいんです。
中谷
ちょっとたとえが合ってるかどうかわからないですけども、Jリーグが始まった時にやっぱりああいうクラブチームは地域に根ざして活動して、地域の人から応援してもらうことでどんどんクラブを大きくしていくシステムを取っていますよね。
今J1からJ3まで出来て、とっても地域型なアプローチが功を奏している部分があります。もちろん大きな企業のスポンサーも必要にはなるんですけれども。
演劇も例えば静岡のSPACであるとか、平田オリザさん・青年団の豊岡市であるとか、地域といっしょに演劇をつくっていこう、地域に根ざして演劇をつくって行こうっていう姿勢は、結構ここ20年ぐらいですごく出てきてるんじゃないかなという気はしていて。
今のお話を伺いながら、「商店街に10年住む」ということも、そうした地域密着型のアプローチの一つでもあるのかなという風に感じました。
どうしてもみんな演劇を志すとなると頂(いただき)の、そのトップを目指したい人達がとても多いし、俳優や劇団も東京に集中しがちなんですけれども、地方だからこそ出来る事であったり、東京であっても北区のつかこうへいさんの劇団であるとか、そういう地域に根ざした活動をしていく形で地域と一緒に共生しながら演劇を続けていくっていうのはこれからもしかしたら目指すべきところなのかなって思いますね。
橋を架ける。そう、オシャレに
黒澤
そうですね、やっぱり「橋を架ける」ことが大事だと思っていて。
大ヒットを飛ばすとか、例えばシアターコクーンとかですごく大きい作品をつくるみたいなことを目指してもいいけど、それによって裾野が大きく広がるって事はあまりないかなとは思ってます。
中谷
そしてただ地域に根差すだけでもダメで、今日の世莉さんのお話の中でもかつて「小劇場ブーム」として演劇がイケているものとされた時代があったということでした。
演劇というものが社会の中できちんと「イケてる」ものとして認められることがかなり大事なのではないかと思ったんですが、これはどうしたらできるんですか?
黒澤
……知らねーよ、そんなこと!(笑)
中谷
イケてるものにしてくださいよ!
黒澤
僕は自分の周りがおしゃれな人達だといいなぁとずっと思ってやっていましたけども。そういうことが大事だと思ってたんですよ。
なんか先輩がダサいと嫌じゃないですか。そういうことだと思っていたんですが、最近はそれはそれでルッキズムかもなと思って、ちょっとどうしようとかって思ってる節もあるんですけどね、うん。
中谷
おしゃれというのは、必要だと思います。ここから先、世莉さんが60歳を迎えるまでの間には、もう一度演劇をイケてるコンテンツにするためにどうすればいいのかを考えて頂けたらいいなと思います。
黒澤
なんにせよ劇場を若い人が主体的に行きたいなって思える場所にしていくことは大事かなって思うので、そういうことに業界全体で取り組んでいけるといいなあと思いますね。
ただ、僕は全然デート向けの演劇作品を作っているわけじゃないので、最初のデートでは来ないほうがいいかもです。演劇デート2036計画とか言い続けているけど、演出家・黒澤世莉としての作家性と、演劇人としての環境整備への活動は別だって思ってね。