呼吸をしましょう
旅する演出家
聞くひと
呼吸は大切
中谷
世莉さん。
黒澤
はい。
中谷
「呼吸をしましょう」っていう言葉をですね、わたくし、時折思い出すんですけれども。
黒澤
ありがとうございます。ありがとうございます?(笑)
中谷
「呼吸をしてください」って、世莉さんはよくおっしゃいます。やっぱり呼吸が、意識していないとどんどん浅くなっちゃうし、時にはもはや呼吸ができなくなっていることすらあるのですが、意識をしないと本当に気づけないんですよね、そういう事に。
黒澤
わかるー。
中谷
と、いうようなことを感じながら今生きてるんですけど…。世莉さんが稽古場でよく言う「呼吸をしてください」っていうこの言葉にあるように、呼吸をするということが大事なことだというのは、いつ、どのように会得されたのでしょう?
黒澤
あの、オリジナルで言うと、ものすごく過去に遡るんだと思うんですよね。禅宗の始祖みたいなところへ行ったり、インドの修行僧のマインドへたどり着いたりするんだと思うんです。
中谷
座禅的なマインドですね!
黒澤
そうそう、そうした人たちへたどり着くものなんだろうなって思うんですけど。
僕が呼吸について意識し始めたのはですね、僕の
の師匠である柚木佑美(ゆうきひろみ)師匠が「呼吸をしましょう」って何回もおっしゃるので、「そうか、呼吸が大事なんだな…!」って思うに至ったってことはありますね。中谷
マイズナー・テクニックの中では、呼吸をすることが大切とされてるということですか?
黒澤
えっと、結論「イエス」ですね。そこって、演劇の訓練方法とか方法論の歴史と密接なつながりがあって。元々は東洋の思想だと思うんですよね、「呼吸をする」って。
中谷
ええ。
黒澤
さっき禅宗の話とか、インドの話を少ししましたけど…。有名な話ですけど、
って、ヨガに影響を受けてる事ってご存知ですかね?中谷
なんかうっすら、伺ったことがありますね…!
黒澤
はい。スタニスラフスキーっていう名前も、聞いたことがあるけどあんまり馴染みが無い方も多いと思うんですが、名前長いからね、よく覚えられないと思うんですけど…。
中谷
分厚い本を3冊、出版されてる方ですね、『俳優の仕事』でしたっけ。
黒澤
そうですね、千田是也先輩が翻訳されたりしてます。誰しもちょっと難しく思うんですよ、本を読んでいると。
ただ、スタニスラフスキー先輩の一番ざっくりした捉え方はですね、”俳優トレーニングオタク”だと思えばいいと思うんですよ。
中谷
俳優トレーニングオタク…?
黒澤
「ちょっ、どうしたら俳優トレーニングうまくできんだろ…ハァハァ…」みたいな感じで、そればかり四六時中考えていたちょっとやばいやつだと思っていると親しみが湧くかな?なんて思うんですけれど。笑
ロシアの方ですけどね、たとえばイギリスの俳優とか演出家とか、ドイツの俳優とか演出家とかがきたら「(お前の国では俳優の訓練は)どうなっているんだ?どうしてるんだ!??」ということをガンガン聞いてくる、ちょっと怖い人(?)みたいな部分があったり。
あとは東洋の演劇にもすごく興味があって、「伝統的なものは素晴らしい!」「訓練方法はどうなってるんだ!?」みたいな感じで、すごく熱心だったらしいんですけどね。そしてまあ、ヨガのことについてもたくさん調べられていると。
いろんなことをすっ飛ばして言うと、そういうスタニスラフスキー先輩の啓蒙をアメリカで受けたのがサンフォード・マイズナー先輩とか、あとは有名なメソッド演技を考えたリー・ストラスバーグ先輩とかです。
マイズナー・テクニックで呼吸を大事にしようっていうのって、そもそもスタニスラフスキー先輩から来ていると思うし、スタニスラフスキー先輩のそういう思想っていうのはおそらく東洋的な発想から来ている部分が大きいと思うんですね。体のことを見るとか、呼吸をしっかりする、みたいな事は。
それは、禅のマインド
黒澤
話をちょっと飛ばしちゃいますが、”マインドフルネス”みたいなことって、昨今流行ってるじゃないですか。
中谷
流行っていますね、Google の本社でも、みんなやってるというのを読んだことがあります。
黒澤
瞑想なんかがとても良いって言われますけども。その瞑想と禅と、マイズナー・テクニックにおけるリラクゼーションっていうのが、かなりご近所的な存在だと僕は思ってます。
結局何がしたいのかっていうと、自分の意識とか身体を、我々の稽古場の言葉で言うと「オープンな状態にする」とか「開かれた状態にする」って言うんですけど、俳優的に言うとそれは「自分の体が自分で把握できている状態」だし、「自分の体が他人からの影響をしっかりと受け取りやすい状態」「自分に芽生えたエネルギーをしっかりと発信しやすい状態」ということだと思います。
… 弥生さんて「あ、呼吸止まるな」って瞬間ってどんな時だと思う?
中谷
えーと、演劇をしてる時……に、まあ、なんていうかな。体が少し固くなってる時とか、考えてすごく頭がいっぱいになってしまっている時だと思います。
ただそれは、自分で「呼吸できてなかった」って気付けることは、お恥ずかしながらちょっと少なくて、 あとから「何であの時うまくいかなかったんだろう?」って考えた時に、ふと「呼吸できてなかったからかな?」と思い当たったりすることがあります。
世莉さんと同じ現場の時は、世莉さんに「呼吸して!」って言われたその言葉でハッと思い出して息が通る、みたいなこともあります。
冒頭の話に戻ってしまいますが、後から振り返れば呼吸が浅くなったり止まったりしていることに気がつけるんですけど、なかなかその瞬間に自分で気づくのは難しいなと思ってます。
黒澤
そうだよねぇ。
中谷
でもだいたい頭も体も固まっている時に呼吸が止まっている感じがします。
黒澤
むずかしいよね…そう、自分で気づくって本当に大変でさ、それができるようになったら大概のことがうまくいきそうな気がするんだけどねぇ…。笑
そう、弥生ちゃんにもう一つ質問をすると、どんな時に呼吸が浅くなったり、体が固まったりするんだと思いますか?
中谷
…のびのびしてない時?
黒澤
のびのびしていない時ってどんな時?
中谷
困っている時…?あとは考えすぎてる時、ですかねぇ。
黒澤
うん。たぶんだけど、自分にとって不都合な状況とか心地よくない状況、言葉を変えればストレスが掛かっている状況の時に、呼吸が浅くなったり、考えたりするっていうことが起こりやすいと思うんですね、私たちって。
呼吸が止まるとき
黒澤
すごく簡単に言うと自分にとってネガティブな状況ー脅威にさらされる、暴力を受けるというのは言わずもがなだけどーそれだけじゃなくて、例えばすごくやりたくない「大量にコピーをとる」みたいな作業を退社前にお願いされるとか、自分が苦手な人に対して「この連絡しといて」って言われることとか。小さいものから、すごく辛くて大きなものまでいろいろあると思うんですけど。
そういう自分がストレスを感じる要因になるものがあるときに、呼吸が浅くなったり体が硬くなったりするので、これっていうのは、時間がないので雑に言いますけど(!)、自分の事を守ろうとするんですよね、呼吸を浅くするとか体を硬くするとかって。
そうして体がストレスを感じ取らないようにするんですね。
だって「あの嫌いな人と話さないといけないな…」とか、「チッ、帰ろうとしたのにふざけんなよ!」っていうことを、思い切り感じ取って表現しちゃったら不都合じゃないですか。
中谷
うんうん。
黒澤
だからそれを人に伝えないようにすると。
そこでさっきの話を思い出して欲しいんですけど、俳優として開かれた状態って、「自分のことが分かっている状態で、相手が受け取れる状態で、相手に発信できる状態」じゃないですか。これがマインドフルネスの状態にも近いと思うんですけどね。
その反対側の方向をとっていくってことは、自分の体の防衛本能なんだと思います。
中谷
ふむふむ。なるほど。ということは、ストレスを感じている時に呼吸をしなくなる、もしくは浅くなってしまう=お芝居をしてる最中に呼吸が浅くなってしまうと、それは(相手から)感じ取る力を自分から閉じてしまっていることになるから、相手から受け取ったり感じたものを自分も素直に返したりする、ということができにくくなってしまう。
だから呼吸を深めることによって、いっぱいいっぱい相手から受け取って自分も返していける循環をつくろう!ということですか?
黒澤
そうですそうです。正解!
中谷
なるほど…まあでも生きていく上では、ストレスをフルで感じ続けていたら辛すぎるから、普段の生活で辛い時にフッと呼吸をひそめたりするということは、自分の体の防衛ということから考えると、悪くないことなんですかね?
黒澤
必要だからその機能が備わっているからね。例えばですけど、ある人間関係の中で相手に面と向かって「臭いなこのハゲ寄るなよ」と言ったらいけないです。たとえそう感じていても、一般的にはそれを表に出さないように堪えなければいけない。
社会生活を営んでいく時に、何かを我慢しなければいけない時というのはたくさんあるので、何でもかんでもオープンにしておけば良いという問題ではないと思いますよ。
中谷
はい。
黒澤
ただ、舞台上でアーティストとしてパワーを発揮する時には、「オープンな身体」というものが必要になると思うので、そういう時には呼吸をしっかり深く入れて、自分の中の熱量を十全に発揮できるにしておいた方がいいかなって思います。
なので俳優さんに対しては「呼吸をしましょう」っていうことは沢山言いますが、日常生活で呼吸が止まってても、それが必要な時もあると思いますよ。
ここらでちょっとやめてみる
中谷
なるほど…。ここで、一番最初の話に戻りたいのですが。気付けないんですよね、日常の中でも、お芝居をしている最中もそうなんですけど、なかなか自分で「呼吸ができていないな」ということに気づきづらいんです。
呼吸ができていないということに自分で気づくために、どういう風にしていったら良いと思いますか。
黒澤
……まあ、一番おすすめなのは、一回やめてみるって事だと思うんですよね。
中谷
やめてみる。
黒澤
「これ、上手くいっていないな」って思った時に、もうやりとり自体を1回やめちゃって、自分の体と呼吸に集中しちゃうと。
たとえば「『おおロミオ、あなたはなんでロミオなの?』『おお、ジュリエット』」みたいなシーンが「なんかうまくいってねえな」と思ったら、一回やめちゃう。
そうして、自分の呼吸に集中してみると、「………あ、今ぜんぜん愛情ないわ」みたいなことに気づく、みたいな。本番中はちょっと難しい場合もあるけど。笑
相手がいっぱい喋ってる時とかに、一回自分のお芝居をやめて、自分の呼吸に集中してみる時間をとってみるといいと思いますよ。
呼吸できてないことに気がつくというよりも、「うまくいってないな」という時に、呼吸がとまってることを疑って、もう呼吸に集中しちゃう、っていうのはオススメです。
中谷
なるほど。そういう自分の内面に気付くための時間ということも含めて、世莉さんは普段から稽古で「いろいろトライしましょう」とか、「どんどん失敗しましょう」とか、「無駄なことだと思ってもやってみよう」ということを仰っているのかな、と今あらためて思いました。
黒澤
俳優に自分で成長するサイクルを持ってもらうのが一番良いことだと思うので。僕がああだこうだ言うよりも、本人が勝手に伸びていってくれたほうがみんな幸せだから。
中谷
いっぱい呼吸をして、しあわせな舞台が増えるようにこれからも頑張ります。
黒澤
がんばろう。
中谷
ありがとうございます!