旅する演出家
旅する演出家
聞くひと
旅人になりたい人生でした
松本
昨今、黒澤世莉さんを表す言葉として人口に膾炙している(※かいしゃ 広く知れ渡る、の意)「旅する演出家」という肩書きがありますが、この「旅する演出家」という肩書きはいつ頃から使い始めたのでしょうか?
黒澤
「旅する演出家」というのは2020年くらいからじゃないですかね、僕が言い始めたのが。
松本
ごく最近なんですね。
黒澤
そう、最近ですね。 以前、
という劇団を主宰していたんですけれども、その時はこういうおかしな肩書きは付けず普通に「演出家です」って言ってましたね。松本
その時間堂の時にも、様々な作品で、かなり積極的・精力的にツアーをされていたイメージがあります。やはりそういう経験も「旅する演出家」という肩書きに活きているのでしょうか?
黒澤
僕の夢の話をしてもいいですか?
松本
え、あ、あ、どうぞ!(笑)
黒澤
僕ね、演劇やってなかったら旅人になりたかったんですよ。
松本
あー…はい。え、あの、それはバックパッカーみたいな?ことではなく…?
黒澤
あ、そうそうバックパッカー的なことですね。僕はもともと、旅がすごく好きなんですね。
松本
あ、もともと。
黒澤
はい。旅行記を…蔵前仁一さんや下川裕治さんの本を読んで「あーバックパッキングしたいなー」と思ってました。あとは沢木耕太郎さんですよね、「深夜特急」!「やっぱいいなぁ、ポルトガルまで行きたいなー」と。思うでしょ、一歩さんも?
松本
いやあ、僕はなかなか出不精なので……。
黒澤
そうだよね、違う人間だものね(笑)
松本
そうなんです。
「せっかくだから」が止まらない
黒澤
僕はすごく旅が好きで、演劇をやっていなかったら旅人になりたかったんですけど。旅、あんまり出られないじゃないですか、演劇やってると。稽古はずっとあるし、次の公演も決まってるし〜と。
それに、演劇やってるとお金もあまりないからなかなか旅に出られない。
じゃあ、演劇でツアーをやったら良いんじゃない?と、ハタと気づきまして。これだ!と思って、それからいろいろなところに行ったら楽しかったんですよ。一歩さん、ツアーしたことあります?
松本
ないんです…!
黒澤
え、ないの?あちこち行ってる気がしたけど?
松本
あの、折にふれ、飯能や利賀(富山県利賀村)や豊岡(兵庫県豊岡市)へ連れて行ってもらう機会はあるんです…人様にくっついて。
黒澤
そうか、自分の劇団の公演ではないのね。え、旅公演、楽しくない?
松本
そうですねぇ…!(笑)
黒澤
ええ、楽しいでしょう…?
松本
…(苦笑)
黒澤
僕は、すごく楽しくて!だって知ってますか、伊勢に行ったら「赤福氷」というものを食べられるんですよ?かき氷の中に赤福が入ってるんですよ、インサイド赤福アウトサイドかき氷!!
松本
へぇぇ!
黒澤
新潟の海岸線を走っていると、サービスエリアなんだけど海岸、という場所があって。そういうところで休憩すると海が見えたり。あとフェリーね!大阪から南港という港に入って、ツアーの車を船に乗せて、瀬戸大橋をガーッと渡るんですけど、朝になってると九州についてるんですよ。お風呂には窓がついていて夜の海が見えたり…まぁ、夜の海は真っ暗で何も見えないですけど。で、行った先々で「せっかくだから」と言い訳にならない言い訳をして、そこでしか食べられない美味しいものをたらふく食べると。楽しくないですか?
松本
話を聞くだに楽しそうだなと思いますけども(笑)。そういうことを時間堂ではずっとされていたのでしょうか?
黒澤
最後の方はね、割とそういうことを多くしましたね。もちろん大変なこともあったけれど、楽しいことしか覚えていないというか(笑)ちなみにyoutubeには「
」というものがいっぱい上がっているので、興味のある人は見ていただけると「ツアー先で浮かれている時間堂の人たち」が楽しめます。松本
作品によってですけど、ツアー先の現地の俳優さんと一緒に作品作り…ということもされていましたよね?
黒澤
そうですね、現地の方と一緒に作品作ったりもしてきましたね。「旅する演出家」と名乗ったのは、そんなに旅が好きだったら(演劇と旅を)一緒にしちゃえばいいじゃないと思ったからなんですね。
「旅する演出家」と名乗っていると、他の地域のお仕事をいただきやすくなるみたいで。だって「演出家:黒澤世莉」と「旅する演出家:黒澤世莉」だったら、各地域の方は「旅する演出家:黒澤世莉」の方が声をかけやすいじゃないですか。この人旅するんだな、って。書いてあるから。
それを、すごくご理解いただけたみたいで(笑)いろいろな地域からお話を頂戴しているので、とてもありがたいなと思っています。
松本
単に、東京で作った作品をツアーで周すだけではなく、演出家としてその地域へ行って、そこの土地の人たちと一緒にクリエイションをするのも好きだし得意、ということですね。
黒澤
そうね。東京・大阪のような大きな街に演劇が多いのは事実です、作品の本数や劇場の数は。でも、だから東京が優れていて地域が劣っている…ということにはならない。
地域にも才能のある演劇人がいっぱいいて、素敵な俳優さんもいっぱいいる。そういう人と出会う、いろんな環境でいろんな作品を作ることはやっぱり楽しいし、東京でお芝居をしているだけでは経験できないことにたくさん触れさせてもらえる。これはすごく楽しいし、自分の視野が狭かったなと気付かされます。
旅することは違いをそのまま受け止めること
松本
東京だけでクリエイションしていた時は、実は視野狭窄になっていた?
黒澤
例えばだけど、お芝居の作り方。朝から晩まで稽古して1ヶ月で公演して打ち上げって、すごく東京・大阪チックだなと思うんです。他地域だと定職についてかつ演劇をしていらっしゃる方が多いので、夜の稽古を何ヶ月もして公演するのが普通だったりする。どちらの作り方が素晴らしいとかダメだとか、優劣はないんです。
作り方だけじゃなくて、競争が激しいとか、情報が多いとか、そういう一見もっともらしい理由で「東京の方が優れてる」みたいに決めつけていたりする。
逆に他地域の人も「東京の方が優れてるんじゃないか」と思っちゃうこともあると思う。でもそんなことないと思うんです、関係なくない?みたいな(笑)
松本
それぞれの作り方に特徴はあっても、演劇は同じように各地にある…ということですね。
黒澤
もちろん、抱えている課題もそれぞれあるし、必ずしも「他地域の方が良い」というわけではないけれども…。なんかもう、単純に全然違うってだけで、それをただ違いとして受け止めればいいだけじゃないかしら。
田んぼのど真ん中に稽古場があってみんな車でやってくる。最寄りの駅からは歩くと1時間かかるので、歩いてくる人はめったにいないとか、東京では聞いたことがない。本当に、いろんな場所があっていろんな人がいていろんな食べ物がある。
でも演劇のおもしろさはどこでもいっしょだから。稽古場で俳優と作品を作る・戯曲を読み解いていく面白さや喜びというものは、全国でも変わらないし全世界でも変わらない。
松本
昨今、このような状況で「旅をすること」が難しくなっているとは思うのですが、「旅する演出家」としての今後の展望・野望などはありますか?
黒澤
ずっとやりたいのは、「全国の俳優さんを集めた公演」ですね。そして僕は本当に温泉が好きなので(笑)例えばですけど、城崎温泉という場所があって、そこでは演劇の稽古場もデーンとありますから、そこへ全国から俳優さんを集めて1ヶ月か2ヶ月くらい温泉に入りながら稽古して、そうして作った作品を各地の俳優さんのゆかりの場所へツアーで周す…みたいな。そういうことができたら最高ですよね。
松本
すごい!!!滞在制作!楽しそう!!温泉!!ツアー!いいなぁ!!!
黒澤
誰かプロデュースしてください!!
松本
ぜひ「我こそは!」という制作者・プロデューサーの方に手を挙げていただいて、実現するといいですね(笑)
黒澤
次はあなたの街に行くかもしれません(ドーン!の、ポーズ)