振り返り
旅する演出家
聞くひと
ダメって言わないで
松本
人が使っている言葉を、気がつくといつの間にか真似して自分が使ってしまっている現象がありますね。
僕がかつて世莉さんの稽古場で耳にしてこっそり持ち帰った言葉の一つの中に「振り返り」というワードがあります。稽古の後にダメを出したり出されたりするのではなくて、俳優自身が自分の演技を振り返る。なんて素敵なんだろう、って。
黒澤
ありがとうございます…で、いいのかな(笑)
松本
で、世莉さんが「振り返り」という言葉を使い始めたきっかけを教えてください!
黒澤
「ダメ出し」って、なんか否定されてるみたいで嫌だなって。
松本
たしかに!それは、世莉さんがかつて俳優をしていた時の経験・感覚からくるものですか?
黒澤
今となっては「ダメ出し」という言葉も、決して否定的な言葉ではないとわかってはいるし、そもそも演出するときは「演出しまーす」とか言うことが多いです。若い頃の印象で「そんなダメじゃないのに!」みたいなイメージがどうしてもあって、で、別の言葉を探した…というのはありました。
僕が
(師匠の柚木裕美さん)のクラスを初めて受けた時に、「今やってみてどうだったでしょうか?」ってみんなで輪をつくって話し合う時間があって。真似して僕も稽古場で輪をつくって話し合うようになりました。コミュニケーションだと思うんですよね、ファシリテーターと受講者が関わることも。
ところで一歩さんは、人が他者の話を聞く時って、どんな時だと思います?
松本
えっと…「自分の話も聞いてもらえている」と実感できている時、ですかね?
黒澤
誘導尋問みたいでごめん(笑)考えられる答えの一つはそれだと思います、自分の話が終わった時。
自分が話す時にはさっき自分がやったことが相対化されるじゃないですか。すでに体験が終わった後に、その自分の体験を記憶に基づいて検証する、それを言語化することで客観的になる。
例えば稽古ですごくうまく行った時も・行かなかった時もあると思うけど、まず言語化することで少し冷静になれると思うんです。そうすると自然と「人から見たらどうだったのかな?」と、考えると思うんです。そういう時の方が、人は人の話を聞きやすい。
色々な演出や指導の方法があるから、シーンが終わった後に演出家がああしろこうしろと言った指示を出すことも、悪いことではないと思う。でもおそらく、自分が話した後にそれに対して「おっしゃる通りですね」とか「いや、僕はこう感じましたよ」と言う話し方をした方が、学習効果が高いのではないかと、僕は思う。
ギャップが可視化される
松本
なので「振り返り」は単純に「ダメ出し」の同義語ではないんですね。俳優自身が自分のやったこと・出した結果に対してまず自分で客観的に評価してみた上で、その次に他者からフィードバックをもらうための時間、しつらえ、場づくり…のようなものなんですかね?
黒澤
うん…あのね、僕は結構喋るのが好きなので、人から言われる前に自分で「こうだった・ああだった」と喋るのが嫌いじゃないんだよね。それが苦手な俳優がいるのも、今となってはわかる。でも自分が思ったことを人と共有することって、(これは「一人の俳優と演出家」と言う関係だけじゃなくてそのほかの共演者も含めて)とてもエキサイティングだと思うんだよね。
よくあるパターンとして「え、すごく良かったのになんでそんなに暗い表情なの?」と思ったら本人は「全然ダメでした。できなかった」って落ち込んでたり、逆に本人が「今日すごいできた!」って感想を言ったら周りは「え、いつもの方がもっと良かったのに…」ってがっかりしてたり、みたいなギャップが可視化されるよね。
慣れていない間は「振り返り」ってやりにくいと思うんですけど、回数を重ねていくと「周囲が言ってることって、うーん…違った意見がそんなに出ない」と言うことがわかるんです。
良かったものに対してはみんな「良かった」ってなるし良くなかった時はみんな割と「てんでダメじゃん!」ってなる。「このチームでの良さ・良くなさ」の共有ができると、判断するときの迷いを減らせる。これってすごく良いことだと思うんです。
振り返りをする、とは、演出家の僕がするんじゃなくで俳優であるみんながする。そうすると自然とみんな、場に対して主体的になる。
主体的だといいことづくし
黒澤
ちなみに一歩さんは、演劇以外で「振り返り」って効果あると思う?
松本
ある、と思います。
黒澤
それはなんで?
松本
うーん、人ってなかなか自分に対して客観的になれないと思うんです。自分がしたことについて、自分が思っているよりもっと主観的にしか見れないと感じていて。
他の人から自分がフィードバックを受けることで初めて、相手がどう感じていたか・自分はどう思われているかわかるのだと思います。そうやって自分の意見を集団の中で交わして客観的に集約していくことは、演劇以外の現場であっても一定の効果があると思います。
黒澤
僕もそう思います。なので演劇以外でも「振り返り」ってすごく効果があると思います。僕なんか、演劇以外のプロジェクトでやってることはほとんど「振り返り」だと言ってもいいくらい(笑)
丁寧な振り返りができるとすごくプロジェクトがスムーズに進むし、問題が可視化されやすいです。
松本
なるほど、それもあって、
や を進行するプロジェクトマネジメントは、世莉さんにとって天職になっているんですかね!黒澤
まぁ、プロジェクトマネジメントって、やってることディレクションと同じだからねぇ。演出家だし「全部演出してやるよ!」という気持ちでやってます。
松本
僕は今までざっくり「ダメ出し」と「振り返り」が同義語だと思い込んでいましたが、結構違いますね!他の人との対話を通じて客観的になれるためのプロセスなんですね。
黒澤
そうね。単に「ダメ出し」の言い換えとして「振り返り」と言う言葉を使っているのではなく、本当にその人自身に振り返ってもらわないと、振り返りにはならない(笑)
でも確かに、主体的に関わるチームで、ひとりひとりの意見を集約してものづくりがしたい、と言う思いはあるので。それと密接に繋がっているんだなぁと、僕も改めて思いました。