黒澤世莉のよく言うこと

今日のテーマは?

《登場人物》
黒澤世莉

旅する演出家

松本一歩

聞くひと

心に秘めれば良くない?

松本

世莉さんはクリエイションを始めるにあたって「今日のテーマは?」と、よく俳優たちに投げかけますが、この言葉について詳しく聞かせてください。

黒澤

はい、もちろんです。早速ですが一歩さん、僕が「今日のテーマは?」と誰かに聞く時って、どんな時だと思います?

松本

どんな時?えーっと…例えば時間帯でいうと稽古前、一日のクリエイションが始まる時に、その日の課題やテーマをはっきりしてほしいなと(世莉さんが)思う時、でしょうか?

黒澤

うんうん。僕が「今日のテーマは?」と聞く時って、だいたい公演の前なんですよね。その日のステージが始まる直前の集合の時とか、集合できないようなスケジュールの日ならその日の朝、とか。
次のステージはどんなテーマを立てて臨みましょうか、って意味の質問です。これは、全体に立てていると思いますか?それとも個人個人に立てていると思いますか?

松本

個人個人かと思っていました。

黒澤

うん、そうね。全体でああしようこうしようというよりは「一人一人が今日はどんな課題に取り組むのかを明確にする」という意図で問いかけています。

では、何故わざわざ聞いてるんだと思います?だって、こういうのは自分の中で立てればいいじゃん!って意見もあると思うんですよ。でも、僕は全員の前で短く、個人の課題を共有してもらっている。これはなんでだと思います?

松本

あー、改めてそう言われると…なんででしょうね?

少し飛躍するかもしれませんが、一人一人が「この場にいるぞ」ということを改めて確認する、それぞれ異なるテーマを持った人たちが集まるぞ、ということを認識させることで「個」を際立たせる・粒立たせるため、でしょうか?

黒澤

すごい、一歩さん素敵なことを言いますね!あんまりそう考えたことはなかったけど、そういう効果もありそうですね。

松本

あ、ありがとうございます。

言語化しか勝たん

黒澤

まず、言語化をすることについて。まぁみんなちゃんと考えてるわけですよ。今日の公演どうしようかって、何も考えない人はいないと思うんですよ。今度はこうしてみようとか、昨日はあのシーンがうまくいったから同じ調子で行こうとか、うまく行かなかったもう死にたい、とか(笑)そういうことを思いながら次のステージに臨むと思うんですけど。

僕は、何かに臨む時は先鋭化させた方が良いと思っていて。先鋭化させるとはどういうことかというと、「具体化」かつ「絞り込む」こと。

自分の中だけでテーマを抱えると、時としてそれがぼんやりしちゃうことがあるんです。例えば、ここの段取りをしっかりやろうとか、ここのやり取りが新鮮にできなかったからもっとちゃんと自然にやろうとか。考えるけど、考えただけでなんとなくぼやっとしたまま、また次の回も終わっちゃう。あと、なんとなく昨日はキレが悪かったからもっとキレを出そう、とか。「キレってなんだよ、よくわかんないぞ?」みたいなことが自分の内部で起こっちゃう。

その曖昧さは、言語化することで減らせると思うんです。「昨日は甘噛みが多かったから今日は全てのセリフをはっきり喋るぞ」って口に出したら、具体的だし何を意識しているのかみんなにも伝わるし、そしたら周りも「あ、この人は今日はっきり喋るんだな」って認識するじゃないですか。

取り組むことが明確になって、その数が絞り込めていれば絞り込めているほど、それを達成できる確率は上がると思うんです。

松本

おおお、なるほど。

黒澤

人間って、具体的なこと”以外”のことを直すのって、すごく困難だと思っていて。うーんと例えば、「松本くん、もっと人に優しくしなよ!」って言われても、ちょっと難しくないですか?「え、俺は優しくしてるつもりなんだけど…」ってなりますよね。

「え。優しくってどういうこと?コメントが厳しい?他の問題?」って聞いても「自分で考えろ!!」とか言われちゃったりするじゃないですか。まぁここまでくるとパワハラですけど(笑)

だからそういう時は「松本くん、もっと人に優しくしなよ」ではなく、「松本さんはAさんに、『もっと頑張ってやりなよ!』って言ってたけど、漠然と『頑張ってやりなよ!』って言われてもその指示が明確じゃないからAさんは何をやったら良いかわからないと思うよ。何をしたら良いのか、もっと具体的に伝えてあげた方がいいんじゃない?」とか、伝えてあげたらいいと思うんですよ。

こう言われたら松本くんも「そうか『具体的に伝える』ということをするのか」って思えるけど、同じような意味合いで言ったとしても「もっと優しくしなよ!!」と「(具体的に)こういう風に言いなよ」というのでは全然違うよね。
これが、言語化・具体性の良いところだと思うんです。

もちろん、そうすることが良い時と、よくない時があると思っていて。
例えば、稽古始めの時、何か得体の知れない状態で、まずはカオスから予想のつかない方向にすすめたいってときがあったとする。そういう時は「何が起こるかわからないけどざっくりやるわ〜」みたいな感じで、ちょっとカッティングを粗めに、大雑把な状態でやっても良いと思ってる。

でも、公演の日ともなればだいぶ造り込みも済んでいて、みんなの中にも「この作品はどんなカタチのものでどんな色合いで、どんなところのシーンでエッジを立たせるのか」みたいなことがはっきりしているから。こういう時には、絞り込んで目標をはっきりさせた方が、より良い。これが、言語化の意味、かな。

松本

ふむふむ。

Let’s 共有!

黒澤

もう一つの目的は、共有すること。みんなどんなものを創っているのかは分かり始めている、もちろん毎日少しづつ変わるし「必ずこうせねば!」という正しい答えのようなものがあるものではないけれど。

公演を航海に例えるなら、この船は、河口からこんな角度で入ってここが難所で最終的にこの港へ入る…と言うことはわかっている。プラスその日の天気とかお客さんの数によって、「今日は大荒れだね」とか「凪いでいたね」とか、いろんなルートに変わるわけだけど。
一応、スタートとゴールはわかった状態でお芝居は始まるわけですよ。

その時に、『今日、この人が何を目標にしているのか』をみんなで共有すると(初めに例に出した)「昨日は僕は甘噛みが多かったので、今日はすべてのセリフをはっきり喋ります」ってやつを聞くと「この人がはっきり喋ることを意識するならば、今日は自分はこの人にこんな働きかけをしよう」って意識できたり「俺は呼吸をたくさんしようと思っていたけど、そうだ、それより先に俺自身もはっきりしゃべった方がいいぞ」と言う気づきが生まれたりする。

松本

ええ、ええ。

黒澤

3人いれば3人の、12人いれば12人の課題を共有できる。例えば「うわ!全然聞いたことないテーマが出てきた、その視点いいな!」ってなったら、その人は次の日に自分のテーマとして新しい視点の目標を取り入れることもできる。

共有って、財産だと思うのね。一人一人がダイヤモンドやエメラルドやルビーを持っているから、みんなでいろんな価値を持ち合うことで、最終的には座組み全員がその宝石を全部持っている…みたいな状態になるといいんじゃない?って思ってます。これが、僕が「今日のテーマは?」ってみんなに聞いている理由です。

松本

言語化せずに曖昧に進むパターンも、世の中にはありますものね。演出・ディレクションがふんわりしていて座組み全員が摩耗していく、みたいな。
なるべくシンプルに・明確に言葉にしておくことで、クリエイションのルールも明確になるし、何より場の風通しもよくなりますね。

黒澤

うん、そう思います。もちろん、あいまいさの利点もあると思っていて。さっきも話したけど、稽古やリハーサルのフェーズによると思うんですよ。稽古の初期段階ではふんわりした・あるいは無茶なオーダーを出すことが価値を生むこともある。そこが演劇の醍醐味だと思っています。

こういった醍醐味をもつためのあいまいさ・抽象的な目標付けと、そうじゃない時の困ったあいまいさを見極めるのも、演出家の仕事だと思う。もちろん、俳優も同じように今どんなフェーズなのかを自覚してた方がいいと思います。

松本

あとは、みんなで価値観を共有することは、チームのパフォーマンスを最大化させる、と言う働きかけにもなりますよね。トップダウンで指示を伝達するのではなく、現場にいる人みんなで共有してインプルーブ(改善)を重ねていく、ということが。

黒澤

言語化することが苦手だな、まどろっこしいなと感じる人もいると思うんですよ。まぁでも、いいじゃない、まどろっこしくても(笑) 言語化が苦手でも、苦手なことを少しづつやっていくのは、決して悪いことではないですからね。

もしもあなたが「言語化は苦手」だと思っていても、あなたが自分の言葉を共有することで、相手からも素敵な言葉が返ってくる、それを繰り返すことで言語化が楽にできるようになっていくと、僕は思ってます。

黒澤世莉(くろさわせり)

旅する演出家。2016年までの時間堂主宰。スタニスラフスキーとサンフォードマイズナーを学び、演出家、脚本家、ファシリテーターとして日本全国で活動。公共劇場や国際プロジェクトとの共同制作など外部演出・台本提供も多数あり。「俳優の魅力を活かすシンプルかつ奥深い演劇」を標榜し、俳優と観客の間に生まれ、瞬間瞬間移ろうものを濃密に描き出す。俳優指導者としても新国立劇場演劇研修所、円演劇研究所、ENBUゼミ、芸能事務所などで活動。

黒澤世莉

松本一歩(まつもとかずほ)

たたかう広背筋。時間堂最晩年の『ゾーヤ・ペーリツのアパート』(2016年)で制作助手、解散公演『ローザ』(2016年)にて時間堂劇団員ロングインタビューを務める。俳優、演出、劇団主宰(平泳ぎ本店/HiraoyogiCo.)。

松本一歩