黒澤世莉のよく言うこと

感情乞食

《登場人物》
黒澤世莉

旅する演出家

中谷弥生

聞くひと

感情乞食、って…?

中谷

世莉さんお久しぶりです。

黒澤

お久しぶりです、弥生さん。

中谷

楽しいインタビューの時間がやってきましたよ!

黒澤

はい!今日もよろしくお願いします。

中谷

今日はですね、「世莉さんがそういえばこういうことも言っていたよな」ということで思い出したワードがありまして。

「感情乞食」っていうんですけど。

黒澤

はい、「感情乞食」ですね。

中谷

これ、世莉さん稽古場たまにおっしゃってましたよね?

黒澤

はい、「感情乞食」って、言っていますよ。

中谷

この「感情乞食」という言葉について説明していただいてもよろしいでしょうか。

黒澤

はい。私がこの言葉を使うのは

サンフォード・マイズナー・テクニック

サンフォード・マイズナーさんというアメリカ人が考えた、演技のやり方のこと。マイズナーテクニックやマイズナーって訳されたりするよね。名前が演技のやり方になるのすごいね。「クロサワではさー」て言ってるのと一緒だもんね。さて話を戻すと、演技の先生で有名なスタニスラフスキーさんというロシア人がアメリカに来たときに、リー・ストラスバーグさんとかと一緒に学んだマイズナーさんは、そこで得た経験に基づいて、自分の演技のやり方を伝え始めたそうです。マイズナーさんは1997年に天国に旅立ちました。ご冥福をお祈りいたします。

の練習をしている時なんですね。

マイズナーテクニックって、大勢で練習をすることが多いじゃないですか。10人とか12人とか。

そういう時に自分が練習していると、周りで他のチームも練習しているから、他のチームの声や様子が気になったりはしませんか、弥生さん。

中谷

気になりますね。

ちなみにそのマイズナーテクニックの練習というのは、いろんなエクササイズを指していますか?それとも具体的に

リピテーション

サンフォード・マイズナー・テクニックにおける、演技の基礎練習のこと。約して「リピ」とも。場所によって「レペテション」とも言う。こっちのほうが英語の発音に近いけど、ま、どっちでもいいじゃんそもそも日本語じゃない言葉をカタカナにした時点で音なんか再現できないんだからさ。かんたんに言うと「相手のことばを繰り返す」練習です。その先は指導者によって違いはありますが、マイズナーさんの言葉で言えば「二歳の子供のように自由に、大人としての分別を持って、ありのままに振る舞い」ます。読んでも意味分かんないよね。わたしも始めたばかりのころは意味分かんなかったです。やってみたらいいと思うよ。

を指していますか?

黒澤

いろんなエクササイズを指しています。

中谷

なるほど、マイズナーテクニックでは個人で行われるエクササイズもあれば、ペアで行うものもありますし、複数人がグループを組んでやるものもありますが…。

やっぱり声が聞こえたり、動きがあるようなエクササイズだと、本来なら自分がやることに集中すればいいのに、どうしても他の人たちの声に気を取られてしまったり「すごいことをやっていそうだな…」と気になってしまったりすることはありますね。

黒澤

そうして気になってしまうことは全然良くって。

中谷

あ、いいんですね!周りが気になってしまった時に「自分に集中しなきゃ!」ってすごい思ってしまうんですけど、いいんですね気になってしまって。

隣の芝生はずっと青い

黒澤

例えば「過去の部屋に戻ってみよう」とか、「子供の頃のことをイメージしてみよう」みたいなエクササイズをやっているとしましょうか。

そういう時にこう、理想的にはバチッ!と風景が見えて、その時の匂いとかお母さんの声が聞こえる!という状態になるといいなって思うけど、そんなにバッチリイメージできる人って多数派ではないと僕は思うんですよね。

中谷

本当ですか!結構みんなちゃんと(ちゃんとっていうとおかしいですけど)やっていませんか??

黒澤

そういう風に「他人は絶対にちゃんとできているはず」という思い込みがどうやら我々人間にはあるみたいで(笑)。

「集中できていないのは自分だけなんじゃないか」とか、「何も感じられていないのは自分だけなのではないか」「周りの人が上手にできているのではないか」ということを思いがちなのかな、と思っています。

別に感じ取れなくても全然いい、というと言葉が強すぎるかもしれませんが、人間ですからね。調子が良くてよく集中できる時と、「あんまり調子が良くないなあ」とか「全然集中ができないな」ということがあると思うんです。

そういう時に、これはマイズナーテクニックの基本の話なんですが、自分のからだを意識して、観察するということが大切になります。

例えばエクササイズの影響でからだが変わることもありますし、「周りが上手にやっているぞ」ということを感じて焦る、ということでからだが変わることもある。

あるいは「なんか黒澤が喋っててイライラするなぁ!言われなくたってわかってるよそんなん!」みたいなことを思って体が変わることもあると思いますし、あるいはちょっとした地震が起こってちょっと「怖い」と思ったりすることもある。

あらゆることが「自分の体に生まれた」という意味ではすべて等価値なんですね。

中谷

ふむふむ。

集中すべきは自分自身

黒澤

まず自分の体に生まれた変化を観察して、それが自分にとってどういうエネルギーであるかを受け入れるということがとても大切なんです。

周りが気になるのも別にいいし、周りのことが気になってしまって集中できないということもよくって。

ただ、そうなっちゃっているときの自分のからだを素直に受け入れられるといいよね、というのがマイズナーテクニックのスタートの時に大切になることなんですね。

中谷

そうして自分のからだの状態を受け入れることと、今テーマになっている「感情乞食」の話はどう繋がるんですか?

黒澤

いま「マイズナーテクニックで基本のエクササイズをしている時に、周りの人が気になる」という話をしていたんですが、例えば

「過去の部屋」のエクササイズ

過去の部屋
マイズナーテクニックにおけるエクササイズの一つ。自分が子供の頃に過ごした部屋に、想像力と五感の力を使って戻ってみるという練習。言葉で書いても「何じゃそりゃ」という感じにしかならないけど、それはあなたがいまスマホやPCでこの文章を読んでいるからで、実際にリラックスして集中した場でやってみると、けっこういろんなことが起きるんですよ。ホントだってば。

をやっていたとしましょう。

自分が「子供の頃住んでいた家はこんな天井だったな」とか「こんな布団に寝ていたな」という風に子供の頃のことを思い出していて色々と見えてきたなぁ、という状態になった時に、急に周囲で「悲しい!!!」とか「もうやめてほしい!!」「ムカつく!!!」という他の人の声が聞こえたりするような、そういうことが勃発し始める状況がエクササイズだとあるじゃないですか。

中谷

ありますね!(笑)自分ではなくて、周りの人達の中でどんどん何かが生まれて、発話されてくるというような状況ですね。

黒澤

そういう時に、「あーなんかちょっと羨ましい…」というふうに感じることありません?他の人のそういうエネルギーを垣間見て。

中谷

ああ、ありますね!「悲しい」や「怒り」とかって結構エネルギーとしても強くって。

「嬉しい」という感情だと、例えば周りから「クスクス」とか「ははは!」って笑っている声が聞こえてきたりして、隣の人が笑っていると「なにか楽しい事を思い出したんだなぁ」「でも私は私」という風に思えるのですが、マイナスの「悲しみ」や「怒り」の感情が周りでバーン!!って出てきてしまったりすると、完全に持って行かれますね。

そう、それが「感情乞食」!

中谷

そしてそういうマイナスの大きな感情というのが私はなかなか湧かない方なので、自分がエクササイズをやっていて激しい感情を感じられていない時に、隣で激しい感情を感じている人が叫んだり、

ピロー先輩

まくら。サンフォード・マイズナー・テクニックにおける、演技の基礎練習「リピテーション」で使います。リピのとき、感じたエネルギーをあるがままに表現してほしいのだけど、暴力衝動を相手にそのままやるのは当然NGです。暴力衝動が芽生えたとき、相手を傷つけずにあるがままに表現するためにはどうしたらいいのか?答えはピロー先輩です。ピロー先輩がすべてを受け止めてくださいます。場の安全が確保できて、俳優の成長も健やかにすすむ、全てはピロー先輩のおかげなのです。まくらに感謝しましょう。

を床に投げつけたりしているのを見たり聞いたりすると「なんかいいなぁ」という気持ちになりますね。

「私もピロー先輩を投げつけたいな!」という風に思ったりします(笑)。

黒澤

その「周りで強い感情出している人を見ると羨ましいと思う」とか、「私もあれやりたい!」ってなってしまう状態のことを、僕は「感情乞食」と名づけています。

中谷

そうなんだ!わたし感情乞食だったんだ…。

黒澤

正確に言うと、「あの感情羨ましいなあ」という状態になって集中できなくなってしまう時に「ちょっと感情乞食をやめてみて」という風に言ったりします。

「バラはバラ、チューリップはチューリップ」って、うちの

柚木佑美

黒澤世莉のサンフォード・マイズナー・テクニックの師匠。いままでいろんな演出家のアシスタントをしてきましたが、柚木さんの現場が一番エキサイティングで面白く、勉強になり納得できます。って本人は俳優なので演出家と比較されてもイヤな顔をするんですけどねえ。いまわたしがマイズナー・テクニックの指導ができるのは、柚木さんのおかげです。ありがとうございます。足を向けて寝られません。ので、パソコンが壊れたときは飛んでいってサポートします。
https://actorsworks.jimdofree.com/

師匠は言うんですけどね。

バラにはバラの魅力があって、チューリップにはチューリップの魅力がある。

あなた自身、例えば弥生さんだったら弥生さんという人がいて、弥生さんという俳優はひとつのオリジナルの楽器みたいなものなんですよ。

その瞬間に弥生さんの体に芽生えたものをシンプルに表現しているという状態が、弥生さんの良さを活かす一番の方法なんですよね。

「マイズナーテクニックって強い感情を出すためのものではないか」とか「怒りとか悲しみといった大きい感情を表現しないと俳優として良くないのではないか」という風に思ってそういうことを求めてしまうということが、結局自分のシンプルさを失わせてしまう。

周りの人を見て「あれやりたい!」みたいな事になったり、そんなに自分の中にないのに、大きい感情を無理に大袈裟に表現しようとしてしまったり。

ちょっとしたイライラをプッシュしてあたかも大きいイライラかのように表現してしまうと、それはマイズナーテクニックとしてはあまり良くないということです。

足さない、そして減らさない

黒澤

ここまでの話をまとめると、もしもあなたがエクササイズや相手との関係を通じて強いエネルギー、例えば怒りとか悲しみ(もちろん喜びや楽しみというポジティブなものも含めていいんですが)を感じたら、それは強いままで表現しましょう、と。

もしもそのエクササイズや誰かとの関わりの中でささやかなエネルギーを感じたら、それはどんなエネルギーであったとしてもささやかな形で表現しましょう、ということです。

大事なことは、感じたことをそのままシンプルに表現するということです。

体の中に芽生えたエネルギーに足しも減らしもしないということが、マイズナーテクニックの基礎練習の時にはとっても大事になるんです。

だから強い感情があって羨ましいと思う気持ちは否定しないけど、それを羨ましがって自分のやっていることをまげてしまったり、「強い感情を表現することが良いことだ」と思ってしまったりするのは良くないです。あなた自身の魅力やからだに気づくことへの遠回りになってしまうので、感情乞食はやめてですね、今自分の中にあるものをちゃんと認めて表現するという事に集中する方がいいんじゃないか、ということをお勧めしています。

でも嘘はつく

中谷

いま「マイズナーテクニックの基礎練習の中では」という前置きがあって、自分の気持ちを勝手に増幅させないで感じたことを素直に出しましょう、という話がありました。

これが例えば具体的に演劇の公演をします、そのための稽古をしますということになった時には、いま御法度とされたような「気持ちを増幅させる」ということもしていいんですか…?

黒澤

それは、どうしたって嘘つかなきゃダメな時だってあるでしょ。

中谷

あ、よかった(笑)。

黒澤

そんな、演劇なんて嘘なんだから。真実ばっかり求めてもしょうがないでしょう。

中谷

そうか、そうか…。その辺が、私も頭が固いので基礎練習は基礎練習、公演の稽古は稽古。っていう風に切り替えてできればいいんですけど、つい稽古でも「今日はこれぐらいしかエネルギーを感じていないな、と思うと、すごく悲しまなければいけないところでも「悲しめないなぁ」「1ミリも悲しめない!」ということが起こったりしてしまうんですね。

世莉さんと一緒にやる現場だと、稽古の初期の段階や、まあ割と終盤でもそうかなと思うんですが、体で感じたことにそのまま素直に「今日はすみません、悲しくないです」という風にやろうと思えるんです。

これがなかなか他の現場だとそうもいかなくて、「いま自分の内面は全くの0だけど、100を感じたように表現して出す!!」ということをついしてしまいがちで。

そういう時に「あ、マイズナーテクニックで学んだことが生きていないなあ…」という風に反省してしまうんですけど、このような気持ちとはどうやって付き合ったらいいですか?

黒澤

それは全然活かせていないということはなくて、その時の自分の状態が分かっている、ということがとても大切なことだと思いますよ。

中谷

なるほど!

黒澤

二つお伝えしたいことがあって。

一つは、マイズナーテクニックやメソッド演技ということをやっていてちょっと誤解されやすいこととして、「自分のからだの中の状態と一体感のある感情がなければお芝居をしちゃいけないんだ!」という風になってしまったり、「すごく強い感情を表現することが良いことである」と思ってしまったりする人がたまにいるんですけど、それはあくまで演劇をつくる時の手段の一つですからね。

演劇をつくる時と場合によっては嘘をついてもいいですし、ただ強いエネルギーを表現すればいいというものでもないですし。

俳優としての手段として、マイズナーテクニックやメソッド演技というものがあるけれども、原理主義的になってしまって「私はちゃんとその感情を感じられないと演技ができない!」であるとか、「毎回100%その時感じたことしか表現できない!」という風になってしまうのは、僕はそれこそ先ほどの弥生さんの言葉を借りて言うならば「頭が固い」人なんじゃないかなという風に思ってしまいます。

その稽古場でつくっている作品、演劇に求められていることをしっかりとやるという事の方が俳優の姿勢としては素敵だなという風に思います。

ということがまず一つです。

嘘の総量を減らすこと

黒澤

二つ目が、さっき「演劇なんて嘘なんだから嘘をついていいんだよ!」という風に言いましたが、その嘘の量はやっぱり少ない方が見ていて面白いものになりやすいんじゃないかな、というのが僕の考え方なんですね。

結構僕は「お芝居の嘘」みたいなこと、というか俳優のつく嘘というものにすごく敏感なので…。

舞台を観ていても「いまこの俳優さん嘘をついている!」とか、「絶対『悲しい』って感じてないのに悲しそうなことをやった!」ということをすごく厳しく見てしまうんです。そういう風に厳しくやかましく舞台を観る人は少ないとは思うんですが…。

実際に生身の人間が演じるのを生身の人間が観るという演劇において人の心を掴むとなると、しっかり俳優のからだのエネルギーが言葉に乗っかっていて、それがきちんと舞台上の他の俳優にも伝わっているということが大事なのではないかという風に思っています。

それでも演劇の中でつかなければいけない嘘はあるとして、その嘘の量をなるべく減らすということが大事なのではないかなという風に思うんです。嘘をついている時間を、なるべく短くする。

そうすると「ああ、私嘘ついてるわ」という風につらい気持ちになりながらお芝居をする時間も減らせるじゃないですか(笑)。

中谷

(笑)

黒澤

例えば「戯曲の中のここは嘘をつかないでできる。戯曲も読んだし、相手役ともちゃんとすり合わせができているし。自分が稽古でやってきた役作りの作業もうまくいっているから、一体感を持って演技ができる。でもここは無理!!戯曲の中のこの要素はちょっと自分の中にはないから、ブーストをかけないとやれそうにないわ!」という時には、頑張ってそこは形でやるとか、そういうことを決めるのは僕は全然アリだと思います。

ただ作品の中の他の所をなるべく嘘をつかずにできるようになった方が、みんな幸せになるんじゃないのかなという風に思います。

俳優として「絶対に嘘をついてはいけない!」と思ってもやりにくいし、すべてを嘘で固めてもやりにくいと思うので。もっと柔軟にできたらいいんじゃないかな。

あくまでマイズナーテクニックやメソッド演技は一つの手段として考えて、その現場現場で時と場合に応じて柔軟に使い分けてください。。

中谷

なるほど。別のインタビューでも、なるべく嘘が少ない空間を観客と共有したいということを世莉さんがおっしゃっていたのを思い出しました。

なんか、いいですねぇ世莉さんは芯が一本繋がっていて…。いいなと思います!!

黒澤

ありがとうございます。みんなで楽しくお芝居しましょうよ!みんなも大丈夫だよ!楽しくできるよ!イエーイ!!!ありがとうございます!!

という理由で、感情乞食はなるべく減らしましょう、なるべくやめましょう!というお話でした。

中谷

ありがとうございました!

黒澤世莉(くろさわせり)

旅する演出家。2016年までの時間堂主宰。スタニスラフスキーとサンフォードマイズナーを学び、演出家、脚本家、ファシリテーターとして日本全国で活動。公共劇場や国際プロジェクトとの共同制作など外部演出・台本提供も多数あり。「俳優の魅力を活かすシンプルかつ奥深い演劇」を標榜し、俳優と観客の間に生まれ、瞬間瞬間移ろうものを濃密に描き出す。俳優指導者としても新国立劇場演劇研修所、円演劇研究所、ENBUゼミ、芸能事務所などで活動。

黒澤世莉

中谷弥生(なかたにやよい)

栄養にうるさい健康志向俳優。小学生からお爺さん役まで幅広いキャラクターを演じる。音楽劇、ミュージカル、ストレートプレイで活動。黒澤演出作品は『森の別の場所』『ゾーヤペーリツのアパート』などに出演。近年は経験を活かしコミュニケーションWS講師、歌唱指導も行う。やよラボ主宰。

中谷弥生